研究トピックス
SHIONOGIは、研究開発への必要な投資を行い、強みである低分子創薬を軸にしながら、新たなモダリティの拡充や新技術の獲得を進めることで、新薬を創出し続けます。
感染症の脅威からの解放
パンデミック対応を含む急性感染症
COVID-19
COVID-19は、発生から瞬く間に世界中に広がり、人類の健康のみならず、政治経済や生活様式にまで大きな影響を及ぼしました。今もなお、社会にその爪痕は残り、余波は続いています。
世界中の製薬会社が社会を破壊したこのウイルスとの未曽有の戦いに勝利するための努力を進める中、SHIONOGIは、自社抗ウイルス薬研究のノウハウ、リソース、社外ネットワークを最大活用し、さらにはこれまでの自社研究プロセスの常識を打ち破り、特徴のある新規プロテアーゼ阻害剤エンシトレルビルの創製に至りました。まずは日本から、そして世界中の患者様にエンシトレルビルを速やかにお届けしようと、日々取り組んでいます。
しかし、未だにCOVID-19の流行はコントロールできておらず、後遺症により苦しまれている患者様も多くおられます。
感染症のSHIONOGIとして、独創的な研究開発に取り組み、COVID-19を含む感染症対策の最前線でソリューションを提供すべく、今後も戦い続けます。
RSウイルス
Respiratory syncytial virus(RSウイルス)は、特に乳幼児期において細気管支炎や肺炎などの重篤な症状を引き起こす病原体であり、生後数週から数カ月の間に感染すると、重症化し、死に至る場合があります。また、低出生体重児や高齢者、心肺系に基礎疾患がある方、免疫抑制状態にある方が感染された場合も下気道炎や肺炎などが生じやすく重症化リスクが高まるため、注意が必要です。特に高齢者においては、最近の診断技術の浸透により、これらの症状がRSウイルス感染によるものであることが明らかになるケースが増えています。このように、RSウイルスが脅威となる患者さんが多いにもかかわらず、治療薬がないため、アンメットメディカルニーズが高い疾患と言えます。
SHIONOGIは、感染症における患者さんの困りごとからの解放を目指し、日々創薬研究に取り組んでいます。治療薬の無いRSウイルスに対しては、ウイルスのLタンパク質にあるRNA依存性RNAポリメラーゼと呼ばれる酵素に標的を定め、自社抗ウイルス薬研究のノウハウと、UBE株式会社の低分子合成力を掛け合わせ、新しい化合物S-337395の発見に至りました。現在、臨床試験を進めています。
未だに治療薬が無い感染症は、数多く存在します。SHIONOGIは、治療薬が無くて困っておられる患者様の苦しみを理解し、一日でも早く解放するために、独自の研究開発を続け治療薬をお届けします。
S-337395:ウイルス複製に必須であるLタンパク質のRNA依存性RNAポリメラーゼ活性を阻害することで、ウイルスゲノムの複製、転写を阻害し、ウイルス増殖を抑制
薬剤耐性(AMR)感染症
セフィデロコル
AMRを持つ細菌による感染症は、人々が気づかないうちに忍び寄る「サイレントパンデミック」として人類の脅威となっています。特に、カルバペネム系抗菌薬に耐性を示す腸内細菌目細菌、緑膿菌、及びアシネトバクター属のような、カルバペネム耐性グラム陰性菌の出現・拡大はグローバルレベルで問題となっており、世界保健機関 (World Health Organization,WHO) やアメリカ疾病予防センター (Center for Disease Control and Prevention,CDC) は、新規抗菌薬が緊急に必要な薬剤耐性菌として警告を発しています。
セフィデロコルは、2019年から2020年にかけて米国及び欧州で承認された、カルバペネム耐性株を含むグラム陰性菌に抗菌活性を示す注射用シデロフォアセファロスポリン系抗菌薬です。日本では、カルバペネム系抗菌薬に耐性を示す菌株を適応菌種とする各種感染症に対する抗菌薬として2023年に承認されました。
細菌が生育するために欠かせない鉄を取り込む経路を介して菌体内に効率よく侵入することができる特長を有しており、このようなユニークなメカニズムは「トロイの木馬」と称されています。さらに、セフィデロコルは、β-ラクタム系抗抗菌薬を加水分解するAmbler分類4種の全てのクラスのβ-ラクタマーゼに対し、高い安定性を有しています。これにより、各種カルバペネマーゼを産生するグラム陰性菌に対し強い抗菌活性を示し、カルバペネム耐性を克服することが可能となります。
SHIONOGIは、今後も、グローバルレベルで拡大するAMR感染症の脅威からの解放を目指し、患者さまや社会の困りごとを解決すべく、 2023年には米国Qpex Biopharma, Inc.を買収しました。 Qpex Biopharma, Inc.のAMRに対する新規開発品、抗菌薬研究開発のケイパビリティ、及び米国における外部ネットワークを活用し、新薬創製に取り組んでいきます。
治療に長期間を要する感染症
HIV
経口剤では満たせないアンメットニーズを満たすために、近年、長期作用型の持効性注射製剤への期待が高まっています。Cabenuvaは、欧州と米国で月1回投与および2ヵ月に1回投与の承認を取得しており、カナダでも月1回投与の承認を取得しています。この持効性注射製剤により、従来の経口剤に比べて投与回数を大幅に少なくすることが可能となりました。
また、カボテグラビル単剤では、HIV感染予防における世界初の長期作用型注射剤ApretudeとしてHIV感染予防の適応承認を取得しています。
SHIONOGIの研究所では、HIV感染症の患者様がライフスタイルに沿った治療法を新たに選択でき、適切な治療・予防を受けられるよう、持続時間がより長く投与しやすい超長期作用型の持効性注射製剤 (ULA製剤: Ultra-Long-Acting 製剤) の創製に注力しています。これまでに新たなインテグラーゼ阻害剤 S-365598 (VH184) を創製、ViiV社へ導出したことに加え、その併用薬としてインテグラーゼ阻害剤とは異なる作用機序を有するS-917091を創製しました。現在ではLast in classの薬剤創製を目指した複数の研究プログラム (PG) にも継続的に取り組んでいます。
抗酸菌症
抗酸菌症の中でも、非結核性抗酸菌 (non-tuberculous mycobacteria: NTM) によって引き起こされるNTM症は、有効な治療薬が乏しいため年単位に及ぶ治療や定期的な検診が必要になります。原因となる細菌は環境中に存在するため、治療が一旦完了しても再発することが多く、長期にわたり患者様のQoLを著しく低下させる疾患です。先進国を中心に高齢者での患者数が増加傾向にある慢性疾患であり、日本では2020年以降、抗酸菌症を代表する結核の死亡者数を上回っています 1)。米国における試算では、全国の年間の医療費は約2,500億円に及ぶとされており 2)、経済的な影響が大きい疾患です。
結核は、先進国では減少傾向にあるものの、低中所得国の一部の地域の患者数は増加しており、WHOの2024年のレポートによると世界の患者数は1,050万人と報告されており 3)、三大感染症の1つとして未だ解決すべき課題の一つです。
SHIONOGIでは、抗酸菌症の患者さんが安心して治療に挑むことができる新たな治療法を選択していただけるよう、有効性、安全性、利便性が高い製品の創出を目指した研究に取り組んでいます。
1.厚生労働省 人口動態調査/人口動態統計 確定数 死亡
2.The Burden of Pulmonary Nontuberculous Mycobacterial Disease in the United States | Annals of the American Thoracic Society
3.https://www.who.int/teams/global-programme-on-tuberculosis-and-lung-health/tb-reports/global-tuberculosis-report-2024
ワクチン
SHIONOGIは感染症のトータルケア実現に向けて、ワクチン事業を本格的に開始します。これまでにUMNファーマ社を完全子会社として、同社が保有するBEVS1)というウイルス抗原タンパクを使った組換えタンパクワクチンの生産技術を用いてワクチン創製を進め、ラブドフリー2)の昆虫細胞培養技術を確立しました。SHIONOGIのCOVID-19ワクチンは、BEVS技術で製造した抗原にアジュバント3)を組み合わせた組換えタンパクワクチンです。2024年6月に製造販売承認を取得しました、SHIONOGI初の組み換えタンパクワクチン「コブゴーズ」を起点として、今後ワクチンメーカーとしての実績を積み上げながら、アンメットニーズに応える製品を社会に提供してまいります。
COVID-19ワクチンだけではなく、インフルエンザなどの呼吸器感染症のワクチン創製にも取り組んでいます。新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスに対抗するワクチン創製において課題となるのは、原因ウイルスに変異が入ることによって免疫から逃避され、既存ワクチンの有効性が減弱することです。この負の連鎖を断ち切り、さらに次に発生するかもしれないパンデミックに対抗するため、SHIONOGI はユニバーサルワクチン4)の研究開発に取り組んでいます。新型コロナウイルスワクチンにおいては、SCARDA5)の助成のもと、抗原設計や免疫状態の解析に強みを持つ KOTAI バイオテクノロジーズ株式会社、ならびに感染症研究において日本を代表する機関である国立感染症研究所とともに、新型コロナウイルスを含むサルベコウイルス全般をカバーするユニバーサルワクチンの創製に取り組んでいます6)。
新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスなどによって引き起こされる呼吸器感染症の予防においては、鼻や喉の粘膜部位において粘膜免疫を誘導してウイルスの感染そのものを防ぐことが重要と考えられており、粘膜免疫を効果的に誘導できる経鼻ワクチンの創製を目指し、千葉大学病院に設置したヒト粘膜ワクチン学部門7)と連携しながら研究を行っています。
アジュバントはワクチンと一緒に投与する物質で、ワクチンを接種された際の効果を高めるために使用されます。SHIONOGIはこれまでに、スクワレンベースの水中油型エマルジョンアジュバントA-910823、B型CpG ODN2006を改良した新規Toll-like receptor 9アゴニストであるアジュバントS-540956を創製してきました。これらで培った研究基盤を進化させ、免疫増強に最適なワクチンアジュバント選定に向けた研究を推進しています。
1) BEVS:Baculovirus Expression Vector System
2) ラブドフリー:ラブドウイルスが混入していない
3) アジュバント:免疫原性を高める物質
4) ユニバーサルワクチン:ウイルス全般に交叉する広域性を有するワクチン
5) SCARDA:先進的研究開発戦略センター (Strategic Center of Biomedical Advanced Vaccine Research and Development for Preparedness and Response)
6) AMEDによるワクチン・新規モダリティ研究開発事業への ユニバーサル抗原ワクチン研究開発の採択について (プレスリリース、2022年6月30日)|AMEDによるワクチン・新規モダリティ研究開発事業への ユニバーサル抗原ワクチン研究開発の採択について|シオノギ製薬(塩野義製薬) (shionogi.com)
7) 塩野義製薬と千葉大学病院による 粘膜ワクチン共同研究部門設置に関する契約締結について (プレスリリース、2022年2月10日)|塩野義製薬と千葉大学病院による 粘膜ワクチン共同研究部門設置に関する契約締結について|シオノギ製薬(塩野義製薬) (shionogi.com)
健やかで豊かな人生への貢献
認知症
認知症の患者数は現在世界で約5500万人を超え1)、2030年までに7600万人、2050年までに1億3500万人に増加すると予想されています2)。最近、認知症病型の一つであるアルツハイマー型認知症に対して進行抑制効果のあるアミロイド抗体が承認され、患者様やご家族の方々にとって待望の新薬となりました。しかし、本薬剤は病態の進行を遅らせることはできても止めることはできていません。またアルツハイマー型認知症以外の認知症にも効果が期待できません。認知症に関わる社会コストはわが国で14.5兆円と試算されており3)、その約9割が介護費用に関わるとされています。介護費用増大の原因の一つは、認知症に発現する特有の症状であり、中核症状とよばれる認知機能障害のみならず、周辺症状とよばれる幻覚・妄想や攻撃的になる焦燥性、徘徊等が含まれます。認知症の患者さんやご家族は、このような認知症特有の症状で困っています。さらに近年、難聴や肥満症などの生活習慣・身体的要因が認知症の発症リスク要因として重要であることが明らかになってきました。SHIONOGIは認知症特有の症状や発症リスク要因を取り除くことで、『認知症患者様が自分らしく、また愛する家族に迷惑をかけることなく幸せな余生を過ごす』 ことに貢献します。
1:https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/dementia
2:Global Impact Dementia 2013--2050.(Alzheimer's Disease international)
3:わが国における認知症の経済的影響に関する研究(H25-認知症‐一般-005)
睡眠時無呼吸症候群
深刻な睡眠障害である閉塞性睡眠時無呼吸症候群 (Obstructive Sleep Apnea Syndrome: OSAS)は労働生産 性の低下に関わる社会的影響度の高い疾患の1つで、高血圧、糖尿病、心血管疾患、脳卒中などの慢性疾患の併発リスクもあり、未治療のままにしておくと寿命が著しく低下することが示唆されています。SHIONOGIは、2023年10月、Apnimed社と、睡眠障害における課題解決を目的として合弁会社 「Shionogi-Apnimed Sleep Science, LLC」を設立しました。 SHIONOGIの低分子創薬力にApnimed社の有する高いサイエンス力と開発実績、臨床研究グローバルネットワークを融合し、OSASの有望なソリューションの創造を目指します。
難聴
難聴は現在、世界中で約5億人が罹患しているほか、イヤホン使用による難聴など潜在的なリスクに晒されている人は約11億人にのぼる、深刻な健康問題です。その発生率は大幅に増加しており、2050年までに世界人口の4分の1が、さまざまな聴覚障害を経験すると言われています1),2)。さらに、難聴は認知症発症の最大のリスク因子であり、難聴を取り除くことで、認知症の発症リスクを減少させることが報告されています3)。しかし、現時点では、詳細な病態メカニズムは不明で有効な治療薬がないため、アンメットニーズが高い疾患です4),5)。
SHIONOGIは、難聴に対する高い非臨床研究技術を持ち治療薬開発を進めるCilcare社と、 治療薬候補(CIL001、CIL003)のオプション契約 (2024年6月)、および共同研究契約 (2025年5月)を結びました。塩野義製薬の創薬力とCilcare社の難聴研究・開発の専門性を融合させ、難聴の有望なソリューションの創造を目指します。
1. Hearing Loss Disease Treatment Market Size & Growth to 2028 (kbvresearch.com)
2. Haile LM, Kamenov K, Briant PS, Orji AU, Steinmetz JD, Abdoli A, et al. Hearing loss prevalence and years lived with disability, 1990–2019: findings from the Global Burden of Disease Study 2019. Lancet. 2021.
3. Livingston G. et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. Lancet. 2024; 404: 572-628.
4. McDaid D et al. Estimating the global costs of hearing loss Int J Audiol. 2021; 60: 162-170.
5. Shearer AE, Smith RJH. Genetic hearing loss. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2024.