小さな成分が、世界を変える──アジュバント研究に懸ける情熱
より良いワクチン開発のために ~アジュバントの可能性を探り続ける~
―現在担当されている研究テーマを教えてください
SHIONOGIグループで組み換えタンパクワクチンの開発を進めていますが、その中でワクチンの働きを支える「アジュバント」という成分の研究をしています。現在は国内有数のワクチン研究拠点である、東京大学医科学研究所 石井健教授の研究室に長期出張し、ワクチン開発に向けた基盤研究に取り組んでいます。今、手がけているのはα-トコフェロール(ビタミンE)を応用したアジュバントの研究です。アジュバントの特性を理解することで、さまざまな人に届けやすいワクチン設計の可能性が拓けます。
同時に、アジュバントの働きや仕組みを分子レベルで理解し、科学的根拠に基づいて説明できるようにしたいと考えています。ワクチンに対する理解と信頼を深めてもらうために、企業としての説明責任を果たしたいのです。
―東京大学へ長期出張しての研究、いかがですか?
先生方と議論を重ねながら仮説を立て、実験を進める毎日です。学生時代は網膜疾患に関する病態解明並びに治療薬開発の基礎的な研究を行っていたため、入社直後は免疫分野でやっていけるか戸惑いましたが、ワクチン研究の面白さに強く惹かれるようになりました。
東大への長期出張に声をかけられた際には、アカデミアの先生方から直接指導を受けながら専門性を深め、広げられる貴重な機会だと思い、即答しました。1日でも早く皆様に医療を届けるためには、外部との連携によりイノベーションを生み出し続けることが重要であり、改めて創薬は一人の力では成し得ることができないと再認識しています。
ミーティングなどは全て英語で行われ、英語力も向上しました。長期出張は大変なこともありますが、専門を広げ、研究者として大きく成長できたと感じています。
一人ではできないことを仲間と共に ~ワクチンを待っている患者さんのために ~
―吉岡さんが研究者を目指したきっかけは?
子どものころ川崎病にかかり、大学病院に通っていました。医療の現場に触れ、臨床研究医との出会いの中で、科学で人を支えたいと思ったのがきっかけです。大学で薬学部を選んだのも、新薬を生み出して人々の健康を支えたいという思いからです。
就職先に塩野義製薬を選んだのは、患者さんだけでなく、その家族の幸せも大切にする会社の姿勢に共感したからです。幼少期に通院へ付き添ってもらった際に「家族に負担をかけているな……」と感じていましたから。
―入社はコロナ禍の2021年、当時は苦労もあったのでは?
入社直後はマスク越しで、誰が誰だかわからない日々でした。先輩方から「同期は一生の財産」と伺い、このままでは十分に関係性を築けないと感じて、昼休みにフリートーク会を開きました。
業務だけでなく、キャリアや時間の使い方を話せる場にしたところ、ある日「話せてよかった」という言葉をもらい、互いの成長を支えあうことでチーム全体として成長できると実感しました。仲間を巻き込む力も身につけられ、現在の研究推進にも活きています。
―得た「巻き込み力」を、どのような場面で活用されていますか?
SHIONOGIグループの中期経営計画のビジョンを社員一人ひとりが自分ごととして捉えられるようにするため、所属するチームメンバーを巻き込みながら「ブランディング活動」を推進しました。
ブランドを具体的に体現することを目指し、所属組織が目指す姿を明確にする「ブランディング・ストーリー」の設計をリード。その結果、ブランディング・ストーリーの独自性と実行性が組織内で高く評価されました。
単にトップからの指示に従って日々の研究を進めるのではなく、全社の大きな目標に対して「自分の業務が社会的価値を生み出すために、自分自身の思いや行動をどのように変え、進化させるべきか」まで落とし込む。すると、研究に対する解像度が上がり、チーム全体の力が向上し、ワクチンをより早く社会に届けられるかもしれない。このような思いでチーム全体の目的意識をそろえました。
科学と経営の二刀流 ~製造現場も考えたアジュバント研究を~
―研究者では珍しく、経営学修士(MBA)を取得されたと伺いました。多忙な中、なぜ取得を?
研究成果を社会にどう還元するかを考えたとき、経営の視点が不可欠だと気づきました。きっかけは上司に新規の研究提案をした際での経験です。研究面では高評価をいただいた一方で、「ビジネス視点が足りない」と。
具体的には、塩野義製薬の参入メリット、競合他社の状況、そして実現可能性が不足していると指摘され、経営学を学ぼうと決意しました。業務との両立は大変な面もありましたが、業界や年代の垣根を越えて多様な仲間とともに学ぶことで、新しい自分や新しい景色を見ることができ、この経験がモチベーションの継続につながりました。大学院の学費はけして安くありませんが、社内の自己投資支援制度*により、一部を補填(ほてん)できました。
*自己投資支援制度:年間30万円までを自己研鑽(けんさん)に使える制度、自身のキャリア実現のためであれば、業務と関連のない学会参加などにも利用可能。
―すばらしい向学心ですね。MBAを取得しての手応えは?
経営学を学んだことで、研究段階から製品化後の運用やコストまでを考える視点が得られました。単により良いアジュバントを求めるだけでなく、従来と同じ工程で製造できるか、原価を低減できるかといった視点から最適な候補物を探索しています。
試験管のラボスケールでは問題なくても、100リットルのタンクを用いる製造現場では大きな課題になることも。例えばろ過性が悪化すると、ろ過に必要な圧力が増し、製造効率が低下します。わずかな違いであっても、スケールアップ時に経営に与えるインパクトは見逃せません。
薬を創り、人と組織を育てたい
―これからのキャリア展望についてお聞かせください
ワクチンがなぜ有効であるのか、またどのようにして副反応が誘導されるのかについての正確な情報を皆様に届けることが製薬企業としての使命であると考えています。
特に、ワクチンの有効性の向上や副反応の低減において鍵となるのが、「アジュバント」です。その作用機序を解明し、科学的根拠に基づいた情報を発信することで、ワクチンへの理解と信頼を深めたいと強く願っています。そして、一人でも多くの方が笑顔で健康に暮らせる医療を提供できる研究者を目指しています。
―最後に、研究職を目指す方へメッセージを
吉岡:創薬研究は、一人では成し遂げられません。専門や立場の違う人たちと議論を重ね、試行錯誤しながら前に進む。その積み重ねこそが、研究の面白さだと思っています。
私は今、塩野義製薬が注力する組換えタンパクワクチンの開発に向けて、アジュバントという「基盤となる仕組み」を理解する研究を続けています。まだ開発の途中段階だからこそ、基礎研究の一つひとつが未来の可能性を広げると実感しています。
長期出張先では免疫学の専門家と日々議論を交わし、異なる視点から仮説を磨く経験を積むことができています。研究は誰かが正解を持っているわけではなく、互いの知識や気づきを持ち寄ることで次の一手が生まれる。
この「視点の交差」が、ワクチン開発のスピードと質に直結します。塩野義製薬で研究を続けたいと思える理由も、こうした共同作業の中で、自分の役割が確実に価値へつながる手応えがあるからです。
研究職を目指す方には、専門の枠にとらわれず未知の領域にも歩を進めてほしいです。ワクチンを待っている人が確かにいる。その現実を見据えながら、自分の研究が未来の選択肢を広げる可能性を信じて進んでほしいと思います。