一筋の光を大きな希望へ~表皮水疱症 治療薬開発への想い~
こすったりぶつけたりしただけなのに、皮膚に水ぶくれや傷ができてしまう。全身にできる傷は痛くて痒くて、夜も眠れない。今のところは塗り薬とガーゼでしのぐしかない。このつらい症状は、どうやったら良くなるのか?
これは『表皮水疱症』という先天的疾患の症状の一部です。表皮水疱症はこれまで「改善されない疾患」とされてきましたが、最近、一筋の光が見えてきました。
今回は、表皮水疱症の治療薬候補の開発担当者である内藤恵さんに、治療薬開発への想いを話してもらいました。
表皮水疱症の専門医であり、本治療薬候補の開発者である大阪大学の玉井克人教授、NPO法人表皮水疱症友の会 DebRA Japan 代表理事 宮本恵子さまからもメッセージを頂いています。
1.表皮水疱症とは?
―表皮水疱症とはどのような病気ですか?
表皮水疱症は皮膚の組織をつなぐタンパク質に異常が生じる遺伝性の難病です。皮膚をわずかに刺激しただけでも、その場所に水ぶくれや傷ができやすく、回復が困難になります。服を着ている時やじっとしていても全身にかゆみが生じるため、患者さまは心身共に落ち着くことが難しい日々を過ごされています。また、かゆくてかきむしることで新たな傷ができるという悪循環も特徴です。
遺伝性疾患であるため、症状は生まれたころから現れ、大人になっても続くケースが多いです。
―傷や不快な症状のほかに、どのような問題がありますか?
傷や炎症によって血液や体液が常に出ている状態になるので、栄養不足や貧血が起こります。また,常に傷があるため、感染症にもかかりやすくなります。傷の回復よりも新たな傷ができるスピードが速いため、状態が改善せず悪化し続けることが特徴です。
これにより、皮膚がんに進行する可能性があるほか、感染症、栄養障害、脱水などが原因で10代、20代で亡くなってしまう方もいます。
―表皮水疱症に対し、現在どのような治療が行われていますか?
2.私たちの研究開発と患者さまの未来
「傷が増える前に修復がなされる」サイクルを可能に
―表皮水疱症に対し、SHIONOGIではどのような治療薬の研究開発を進められていますか?
SHIONOGIでは候補物質であるペプチドを静脈内に注射することで、骨髄から傷へ『間葉系幹細胞』の集積を促し、傷の修復を促進する治療薬の開発をおこなっています。
―この治療薬の開発に至った背景を教えてください。
本開発は大阪大学医学部教授、玉井克人先生の研究からスタートしました。玉井先生は表皮水疱症の患者さまを長年診療されてきたご経験があり、「何としてもこの病気の治療法を開発したい」と強い決意をもって取り組んでおられる第一人者です。30年以上も治療法開発に挑まれていて、その過程で本治療薬にたどり着かれました。
玉井先生の研究は表皮水疱症の治療に大きな変化をもたらすものですが、その実現には産官学の垣根を超えた協力が不可欠です。そこで、SHIONOGIもこの治療薬の開発に協力し、共に進めていくこととなりました。
―この治療薬が患者さまにとってどのような治療薬になることを目指していますか?
治療薬開発を進めるなかで高いハードルに直面
―今回の治療薬は社会的にも大きな意義がありそうですね。開発を進めるにあたり、現在直面している課題はありますか?
開発を進めるためには治験の実施が必要であり、患者さまのご協力が不可欠です。ところが、治験の参加条件に適した患者さまを集めることが難しく、治験開始から2年ほど経っています。
多くの方が通院されている地域の大きな病院や大学病院などに協力いただいておりますが、患者さまの登録が思うように進んでいないのが現状です。
―期待値が高いにもかかわらず患者さまの登録が進まないのは、どのような理由があると思いますか?
主な理由は、表皮水疱症が希少疾患であり、治験の条件に合う患者さまが非常に少ないということですが、それ以外にも二つほど理由が考えられます。一つ目は、表皮水疱症の認知度が低く、治験に関する情報を収集する手段が少ないことから、治療薬開発を望む患者さまに本治験の情報がいきわたっていない可能性です。
もう一つは、患者さまが感じている不安です。本治験の情報にたどり着いても、治験への参加を躊躇してしまうこともあるのではないかと思っています。治験の参加に対して怖い、と思われるのは当然のお気持ちだと思います。
患者さまの不安を少しでも軽減し、治験への参加を後押しするためにも、このような場を通じて疾患や開発状況について情報を発信する機会をいただいています。
私が知っている限りでも、治療薬を今か今かと待ち望んでいる患者さまがいらっしゃいます。1日でも早くその方々に治療薬を届けたいという強い思いで、日々取り組んでいます。
患者さまからのご期待を胸に、それでも前へ
―患者さまにご協力いただくことが開発を前に進める鍵になっていますが、嬉しかったエピソードなどはありますか?
3.玉井克人教授と患者さま、開発担当者からのメッセージ
玉井克人 メッセージ
大阪大学大学院医学系研究科招聘教授/株式会社ステムリム取締役CSO
私にとっての治療研究の原動力は、30年以上前に出会った表皮水疱症患者、S君との絆です。彼は中学1年生でしたが、彼の両手の指は棍棒状に癒着していて、私は初めてみる表皮水疱症の臨床症状にうろたえてしまいました。しかし、彼はつらい症状にもかかわらず「両手で鉛筆を支えればノートにしっかり字を書けるから授業は大丈夫です。」と屈託のない笑顔で話してくれました。私はそのようなS君の佇まいに魅了され、いつか良い治療法ができることを信じながら彼の診療を続けました。しかし10年以上たっても全く治療法は確立されず、苛立ちが募った私は自身の手で表皮水疱症の治療法開発を目指すことを決意しました。そして、私はS君に、「きっと君の治療法を開発するよ!」と約束しました。
20年以上経ち、遺伝子治療学を専門とする大阪大学医学部や塩野義製薬の力を借りながら、私は表皮水疱症の治療薬の研究を進めています。今は天国で私の研究を見守ってくれているS君の名前は、大阪大学医学部ホールで輝く銀のプレートに刻まれています。そのプレートに触れるたびに蘇るS君との約束が、表皮水疱症治療研究の原動力です。
患者会 メッセージ
NPO法人表皮水疱症友の会 DebRA Japan 代表理事 宮本恵子
表皮水疱症との毎日は、全身の皮膚や粘膜がすぐにはがれる痛み、周囲からの視線や仲間外れにされる孤独感などと隣り合わせです。食事や睡眠も十分にとれず、栄養不足や気力の低下などの問題も生まれます。治療費や皮膚への負担が少ない服への費用など、日常生活へのダメージも大きいです。「長くは生きられないだろう」との不安と理解されない悲しみも合わさり、常に痛みと我慢、悔しさのなかで生きています。
治療薬という可能性は、表皮水疱症の患者や家族の全員にとって希望となるでしょう。表皮水疱症の患者が抱える様々な悩みを知ってほしい、そのためにも1日でも早く治療薬が承認されることを願っています。
開発担当者 メッセージ
宮本さまのコメントにもある通り、表皮水疱症は身体的な症状だけでなく、私たちの想像を超える精神的な苦痛も伴う疾患です。玉井先生が見出された治療薬候補は、表皮水疱症患者さまにとって希望の光であり、その開発を進める私たちには、必ずやり遂げる責任があることを改めて感じています。
現在、患者さまが治験の情報にアクセスしやすくなるよう様々な形で情報公開をしています。少しでも関心を持っていただけましたら、以下のリンクにアクセスしてみてください。
塩野義製薬 臨床試験(治験)情報:臨床試験(治験)情報| 塩野義製薬 (shionogi.com)
表皮水疱症友の会DebRA Japan 公式ホームページ:表皮水疱症友の会DebRA Japan 公式ホームページ (debra-japan.com)