安心して飲める治療薬を子どもたちへ――RSウイルス創薬の現場から

乳幼児や高齢者で重症化リスクの高いRSウイルス感染症には、有効な抗ウイルス薬が存在せず、医療現場では「アンメットメディカルニーズ」として大きな課題となっています。その課題の解決を目指し、山本さんは日々研究に取り組んでいます。
■ 治療薬のないRSウイルス感染症とは?
―RSウイルスという名前は、あまり聞き慣れない方もいるかもしれません。どのようなウイルスなのでしょうか。
近ごろでは検査キットの普及で診断名がつくようになり、特に小さいお子さんを持つ方々の間で「RSウイルス感染症」が知られるようになりました。
―普通の風邪とどう違うのでしょうか?
山本:RSウイルス感染症は、特に新生児や乳児では、細気管支炎や肺炎などの下気道炎症につながることが多く、ときに重症化することもある感染症です。海外では、インフルエンザと並ぶほど入院の原因となる感染症として広く認識されています。
また、小さなお子さんがRSウイルス感染症にかかると、その後ぜんそくを発症しやすくなる傾向があるという報告もあり、家族にとっても入院や通院への付き添いといった大きな負担が生じます。こうした背景からも、治療薬が求められているのです。
一過性の感染症に留まらず、ぜんそくを引き起こす原因にもなるのですか……それは心配です。どのような治療方法がありますか?
山本:RSウイルスにはワクチンや抗体薬など予防手段はありますが、有効な抗ウイルス治療薬は存在していません。そのため、大きなアンメットメディカルニーズ(治療法が確立されていない医療ニーズ)が残されている領域です。
「感染症の脅威からの解放」を掲げる当社として、有効なRSウイルス治療薬を世の中に届けるという使命感から、RSウイルス創薬プログラムが立ち上がりました。実は私の子どもも1歳のときにRSウイルス感染症で肺炎になり、入院しました。まだ話すことのできない子どもが苦しむつらさや、付き添い入院で家族が疲弊する状況を経験し、「なんとかしたい」という強い気持ちを持って研究に携わっています。
■RSウイルス治療薬の候補、国際的にも注目される開発
―小さな子どもの入院は本当に大変です。インフルエンザと同様に集団感染が発生したら社会的な損失も大きいですし、一日も早い抗ウイルス治療薬の開発が待たれます。

―山本さんは、まず細胞や酵素レベルでの研究を担当されています。どのような点に難しさがありますか?
―現在の開発状況はいかがですか?
山本:臨床試験も進んでおり、米国食品医薬品局(FDA)から「ファストトラック指定」を受けました。これは、重篤な疾患に対する新しい治療薬の開発を迅速に進めるための制度であり、RSウイルス治療薬への社会的期待の高さを示すものだと思います。
*ファストトラック指定:重篤な疾患に対する新たな治療法やアンメットメディカルニーズを満たす可能性のある薬剤の開発を促進し、迅速に審査することを目的に制定された制度。
■ お子さんが安心して飲める薬を目指して
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―リーダーとして活躍されている山本さんが、どのようなキャリアを歩まれたのか教えてください。
山本:入社当初は代謝性疾患の研究をしていました。その後1年の育児休暇を経て感染症部門へ異動し、ちょうどRSウイルス創薬プログラムが立ち上がった時期でもありました。感染症の研究は、これまで担当していた慢性疾患の研究に比べて非常にスピーディーで、評価結果が短期間で見える面白さがあります。
異動を前に、ウイルスについての知識や研究のバックグラウンドを全く持たない私が担当できるのか不安でした。しかし周囲の皆さんは非常に協力的で、質問する私に熱心に教えてくれました。
塩野義製薬の研究開発部門では、異なるバックグラウンドを持つ研究者であっても、互いに教え合い、助け合うオープンな文化があると感じています。私自身も、丁寧に説明することを心がけてきました。そのおかげで創薬という共通のゴールにより速く到達できるのだと思います。
*現在は原則、育児休暇を取得した部署に復帰するシステムです。
―山本さんの学ぶ意欲にプラスして周囲の協力もあり、20年にわたり研究職で活躍されているのですね。これから入社される方にとって心強いロールモデルです。
山本:感染症を研究テーマにする企業ですから、子どもがいかに感染症にかかりやすいか、皆さん非常に理解があります(笑)。ワークライフバランスを支援する体制もあるため、子育てと仕事の両立がしやすい職場環境だと感じています。
それに、家庭での経験が仕事にも活きる職種です。先にも述べましたが、育児休暇から復帰して間もなく、子どもがRSウイルス感染症で苦しみ、付き添い入院を経験した体験を通じて、研究開発への思いがより一層強くなりました。このプロジェクトは、単に薬を作るだけでなく、患者さんの命とご家族の生活を守り、社会全体に「健やかで豊かな人生」を届ける仕事だ、と認識するようになりました。
―RSウイルス創薬の今後について教えてください。
山本:RSウイルス治療薬の研究は段階を踏みながら進められています。将来的には、真に薬を届けたい対象である小児や高齢者にまで広げていけるように、慎重に準備を重ねています。
塩野義製薬にとってRSウイルス感染症治療薬は、COVID-19やインフルエンザの治療薬に続く急性呼吸器感染症の「第三の柱」となる取り組みです。社会に広く受け入れられる薬となるためには、科学的に安全性や有効性を丁寧に確認し、一歩ずつ進めていくことが欠かせません。
創薬は決して一人でできるものではありません。多くの仲間とともに社会の課題に立ち向かい、誰かの命を救うことにつながる仕事です。未来の子どもたちやご家族の笑顔のために、これからも仲間と共に歩みを進め、この挑戦を続けていきたいと思います。