好奇心で切り拓くペプチド創薬―自在な分子設計に挑む研究キャリア

細野さん

アミノ酸が数個から数十個連なったペプチドは、低分子薬でも高分子である抗体医薬でも届かなかった領域に踏み込める分子です。分子の大きさが両者の中間にあたるこの特徴を生かし、ペプチドは新しい治療薬の可能性を切り拓く存在として、改めて注目されています。

 

塩野義製薬がペプチドに挑む理由も、ここにあります。これまで私たちが磨いてきた低分子創薬の強みを活かしつつ、抗体では届きにくい細胞内のターゲットに向き合うための、新しい選択肢としてペプチドは欠かせないからです。

 

細野裕基さんは、ペプチド創薬ならではの高い設計自由度と分子設計の奥深さに惹かれ、ペプチド創薬の基盤づくりを進めています。2026年には、さらに高度な合成技術を学ぶためスイスでの研鑽にも挑戦予定。好奇心を推進力に、領域を広げ続ける研究キャリアに迫ります。

好奇心に導かれペプチド研究へ

細野さん

―ペプチド創薬という領域に挑戦されていますが、もともと薬学に興味があったのですか?

高校時代は物理や数学が好きでした。答えをそのまま暗記するのは苦手で、問題を解いていく過程を楽しむタイプです。新しいことを幅広く知りたいという好奇心から、入学時に専攻を固定しない東京大学を選びました。

 

創薬やペプチドに興味を持ったのは大学に入ってからです。文化祭で聞いた「核酸分子(DNA)を使って細胞の動き、増殖、機能を制御する」という研究発表に衝撃を受けました。核酸を細胞表面に結合させて、タンパク質の機能をコントロールするのです。細胞をプログラムするような世界に強く惹かれ、その研究に取り組む山東信介先生の研究室(工学系研究科 化学生命工学専攻/バイオエンジニアリング専攻)に進みます。

 

自分の配属と同時に、ペプチドを専門とする森本淳平先生(現 准教授)が助教として新しく着任されました。森本先生の並々ならぬ熱意を感じ、良く知らないペプチドを研究テーマに選びましたが、その選択は間違っていませんでした。森本先生はペプチドへの情熱にあふれ、気づけば夜中まで議論したことも。その影響もあり、私自身もペプチドに熱い愛着を持って取り組んでいます。

目的に合わせて自在に設計できるペプチドの魅力

細野さん

―「ペプチド」とはどういった存在ですか?

ペプチドは、アミノ酸が数個から数十個連なってできた分子で、分子の大きさという点では低分子薬と抗体医薬の中間に位置します。低分子薬は、細胞内を含む幅広い標的に作用できる点が大きな強みで、これまで多くの治療薬を生み出してきました。一方、抗体医薬は高い標的選択性を持つものの、分子の大きさから主に細胞外の標的を対象とします。ペプチドは、この両者の特性の間に位置する分子として、設計次第で新たなアプローチを可能にする点が特徴です。ペプチド医薬はすでに実用化も進んでおり、インスリンは約100年にわたり臨床で用いられてきた代表的な例です。

ペプチドの特徴

低分子薬は点の相互作用を得意としますがその狭さが欠点にもなります。抗体はターゲットを包み込むような面での相互作用に強みを持ちます。しかし細胞内アクセスには適しておらず、投与方法も注射などに限定されます。
ペプチドは「面と面」の相互作用に介入でき、かつ膜透過性を改善すれば細胞内にアクセスでき、経口投与の可能性も持っている点が強みです。

 

―ペプチドの最大の弱点として、胃酸などで加水分解されやすいという点がありますね。

すでにその短所はペプチド領域では攻略されていて、ペプチドを環状化して安定化する方法が良く知られています。タンパク質を分解する酵素(プロテアーゼ等)は、主に末端からアミノ酸を分解していくので、環状にして端をなくせば、耐性が劇的に向上します。

 

実はもう一つ、ペプチド創薬には細胞膜を通り抜けにくいという大きな課題があります。私たちのチームが目指しているのは、特別なしくみを必要としない、シンプルに濃度勾配を利用した受動拡散です。疎水性の膜を透過するためには、ペプチドも同じく疎水性である必要があります。

 

分子の構造や親油性のバランスを検討しながら膜透過性の向上を目指しています。ペプチドは、ブロックを組み替えるように多彩な設計ができる分、難しさと面白さが共存する分子です。

 

―自由度とはいっても、アミノ酸は20種類しか存在しないと高校で習いました。バリエーションに限界があるのでは?

確かに天然のアミノ酸は20種類しかありません。しかし、目的に合わせたオリジナルの人工アミノ酸を新たに作れば、バリエーションが無限に広がります。例えば、疎水性を高めるためにアミド結合 (R-CO-NH-R′) の部分をN-メチルアミド結合 (R-CO-N(CH3)-R′) に置換します。
しかし自由度が非常に高い分、変数が増えてシミュレーションが煩雑になり、技術が追いつかないという課題もあります。効率化すべく、ペプチドの最適な分子構造や配列を機械学習で探索するスクリーニングシステムを開発しています。

より効率的なペプチド合成を学ぶため、スイス留学へ

細野さん

―糖尿病領域のGLP-1受容体作動薬をはじめとして、ペプチド創薬は競合他社も注力しています。そのような中で細野さんが塩野義製薬を選ばれた理由は何でしょうか?

確かに、既にペプチド創薬を大きく手がけている他社もあります。けれども私は1を100にするよりも、0を1にする方が得意だし好きです。塩野義製薬のペプチド創薬チームからは、開発化合物が出ておらず、まだまだ課題が山積みであることから、これから自分が切り開ける環境を魅力に感じて入社を決めました。
塩野義製薬が得意とする低分子ではアプローチしづらいQOL疾患に対して、ペプチドの特性が活かせる可能性も挙げられます。ペプチドがいつでも創薬に展開できるよう、基礎を整えるのが私の役割です。

 

2026年1月からは、自分の意思で手を挙げて、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)で一年間ペプチド合成技術を学ぶ予定です。この留学では、会社から与えられた業務ではなく、会社に貢献できる技術の構築や知見拡充を自ら考え提案、遂行する、自己責任が求められます。その上、海外での長期滞在は初めてですし、ペプチド創薬で世界をリードする海外の研究室で研鑽を積むことは、楽しみであると同時に大きな不安を感じています。それでも、ずっと挑戦したかった留学です。しっかり準備して、成果創出も自分自身の成長も、最大限吸収して帰ってきたいと思います。

ペプチド創薬の裾野を広げたい

―細野さんが研究を通じて実現したい未来を教えてください。

低分子や抗体では治療が難しい疾患に対して、ペプチド創薬で貢献したいと強く思って取り組んでいます。同時に、ペプチドの可能性や素晴らしさを世界に知らしめたいです。そのために、ペプチド創薬のハードルを下げ、誰でも参入できるプラットフォームを構築できたらと考えています。まずはペプチド創薬全体を推進するために、日本ペプチド学会主催の討論会に参加して、組織を超えた人脈作りや議論に努めています。

 

―最後に、これから研究の道へ進む学生さんに向けてメッセージをお願いします。

「食わず嫌い」はやめて、一度やってみてから判断してみてください。旅行と同じで、実際に土地を踏むことでしか得られないものがあります。やってみて難しいと分かった人と、やったことがないのに難しそうと思っている人とでは、情報の粒度が違いますし、上手くいかなくても、その経験は必ず将来の役に立ちます。

 

創薬は一人で完結する仕事ではありません。化学、バイオ、情報科学など、多様な専門を持つ人が協力してこそ、新しい薬が生まれます。他分野の研究者とサイエンスという共通言語で会話するためにも、自分の専門にこだわりすぎず、いろいろな分野に興味を持って取り組んでほしいと思います。好奇心があれば、必ず次の道が見えてくるはずです。リクルーターに相談しながら、後悔のない就職活動を送ってください。

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