(2020年10月更新)

要約

Antimicrobial Resistance(薬剤耐性、以下「AMR」)はグローバルな脅威であり、耐性菌による感染症患者に対しては生命に危険を及ぼし、社会に対しては直接的・間接的に深刻な損失をもたらす可能性を有しています。

将来、効果のある抗菌薬が開発され市場に投入されなければ、現在の感染症治療で用いられている抗菌薬だけでは命を救う事が出来なくなり、新興感染症のアウトブレイクにも対処できず、手に負えない状況になる可能性さえあります。

これらのことから、各国政府や保健行政機関は、AMRをグローバル、地域・国レベルで優先度の高い社会課題として取り上げています。

塩野義製薬株式会社(以下「塩野義製薬」または「当社」)は、「世界を感染症の脅威から守る」ために、未だ治療法が確立していない新興・再興感染症に対する新薬を生み出し、同時に感染症薬の適正使用を推進することにより、新たな耐性菌・耐性ウイルスの発生を防ぎ、患者さんが現在のみならず未来も治療を受け続けられるように、継続的に取り組んでいます。

更に当社は、AMR Industry Allianceの創立メンバーの1社であり、研究開発志向型製薬企業と同様にジェネリック医薬品メーカー、バイオ医薬品メーカー、診断薬・医療機器メーカーとともに、AMR克服への取り組みを進めています。

当社は、2016年1月の世界経済フォーラムにおいてダボス共同宣言に署名をしました。
100社以上の企業が署名したダボス共同宣言とは、医薬品、バイオおよび診断薬業界の多剤耐性菌対策に関する共同宣言であり、現在の治療法や新しい治療法を将来にわたって維持する必要性を強調しつつ、抗菌薬、ワクチン、診断の持続可能で予測可能な市場を創出するための集団的活動が求められています。
当社は更に展開を進め、12社のリーディングカンパニーと共に、抗菌薬の研究・開発、適正使用、流通、製造及び環境への配慮などのAMR対策の進展へ向けた産業ロードマップを策定しました。
AMR対策を成功させるためには、政府、国際機関、製薬会社、抗菌薬の処方医師、使用者(患者さん)を含む全てのステークホルダーが連携して進めていくことが必要です。
当社は次のようなアクションが必要であると考えています。
  1. 1
    Pull型インセンティブや保険償還の新しい価値評価を導入したAMR治療薬の予測可能で持続可能な市場の創出
  2. 2
    新規抗菌薬の開発・承認に関する国際規制の調和
  3. 3
    より効率的に臨床試験・研究を実行できるネットワークの構築
  4. 4
    動物を含めた抗菌薬適正使用・管理と経年的な耐性菌疫学サーベイランスの推進
  5. 5
    自社あるいは他社との協業による有効な新規抗菌薬の創製
  6. 6
    抗菌薬の製造過程における環境への影響の軽減
私たちは、新しい感染症治療法の研究・開発を続けることを明言していることに社員一同が誇りに思い、患者さんと社会の両者が効果的なAMR治療薬からの恩恵を受け続けられるように一生懸命に取り組み続けています。
更に私たちは、全てのステークホルダーに対して一緒にAMRへの闘いに挑むことを呼びかけています。

背景

重要なアンメットニーズ:「時間はもうありません」

AMRは、現実的でかつ喫緊なグローバルな脅威です。

薬剤耐性病原体による死亡者数は、グローバルで年間700,000人と報告されており[1]、そのうちヨーロッパで33,110人[2]、米国で35,000人以上[3]、日本では約8,000人[4]の命が失われていると言われ、他の地域では更に深刻なものと推定されています[1]。

AMRというグローバルな社会課題に対して、このまま何も対策を講じなければ、2050年には死亡者数が年間1000万人に達すると推定され、これは癌による予測死亡者数820万人を上回ることになります[1]。

欧州委員会報告では、EU(欧州連合)においてAMRに関連して発生する直接・間接経費の合計は毎年15億ユーロに達すると示されており[5]、米国では、いくつか試算において過剰にかかる直接経費は年間200億ドル、更に社会全体として年間350億ドルの生産性を失うと推定されています[3]。2030年までのグローバルでの経済的損失は、2008年世界金融危機時と同程度の年間3.4兆ドルに達すると言われ、2050年までには世界のGDPの3.8%が失われる危機に瀕しています[6]。世界経済への累積経費は、100兆ドルにも上る可能性があります[1]。

更に、手術後や癌治療[7]のような多くの医療処置の後に生命を脅かすAMRによる感染リスクが高くなり、将来的には現在の感染症治療で用いられている抗菌薬では命を救う事が出来なくなり、手に負えない状況になる可能性さえあります[1]。

これらのことから、各国政府や保健行政機関は、AMRをグローバル、地域・国レベルでの優先度の高い社会課題として取り上げています。

AMRの問題を克服するために、ヒト、動物、植物、それらをとりまく環境の相互関係を理解し、理想的な医療環境を達成するゴールに向け、多種多様な連携を行い、協調的で、学際的な「ワンヘルス」アプローチが求められています[8]。

抗菌薬の耐性の進化は、自然選択や、細菌の遺伝子上の突然変異、他の病原菌由来の外因性遺伝子の獲得など様々なプロセスにより引き起こされます。耐性遺伝子の増加は、抗菌薬の使用量が増加することが一つの原因と考えられており、過去数十年に亘る不適切な処方、不十分な感染管理、不完全なサーベイランス、ヒト以外への抗菌薬投与により増長されてきたと考えられています。

ここ最近の抗菌薬適正使用管理(Antibiotic Stewardship)の取り組みは、抗菌薬使用を適正化し、耐性菌の発現率を減少させることを目的として取り組まれていますが、新規抗菌薬の使用を制限することや、治療選択肢が限られている場合にのみ新規抗菌薬を使用することなどに主眼が置かれています。

これらの取り組みは、新規抗菌薬を将来に亘り使える状況を持続するためには合理的で臨床的なアプローチである一方で、新規抗菌薬の使用制限が進むことにより企業の収益性が低下し新薬開発を減少させるという意図していなかった状況をもたらしています。

新規抗菌薬の研究・開発自体が益々難しくなっていることに加え新規抗菌薬の使用制限が進んでいる状況から、抗菌薬の将来的な市場予測がかなり難しくなり、多くの大手製薬会社は抗菌薬領域の研究・開発プログラム[9]を縮小したり撤退したりして、市場予測がより可能な領域を優先して取り組む傾向が見られます。

同様の懸念により、抗菌薬を販売するいくつかの小規模の企業においては、破産申請するか買収を求めなければならず、優秀な研究者の働く機会や事業の多様性を奪うといった悪影響を与えています。2019年4月にAchaogen社が、plazomicinを発売開始した後に破産申請を行い、すべての資産が1600万ドルで売却されました。また2019年12月には、Melinta Therapeutics社が破産保護(Chapter11)を受け、その後Deerfield Management Companyに買収されました。2020年6月にTetraphase Pharmaceuticalsの買収合意書が交わされているにも拘らず、Melinta Therapeutics社は、2020年7月にTetraphase社を買収したLa Jolla Pharmaceuticaksに買収されました。[10]。

病原性カルバペネム耐性グラム陰性菌:新しい抗菌薬が至急必要とされています

カルバペネム系抗菌薬(広範囲な活性スペクトラムを有するβ-ラクタム系抗菌薬の一種)は、治療が難しいグラム陰性菌感染症に使われることが多いですが、カルバペネム耐性菌は現在ただならぬ勢いで増加しています。カルバペネム系抗菌薬に対し耐性を示すグラム陰性菌は、他系統の抗菌薬の感受性を低下させる多様な耐性機序を獲得することがあります。特にカルバペネム耐性のアシネトバクター・バウマニ(CRAB;Carbapenem Resistant Acinetobacter baumannii)、緑膿菌(CRPA; Carbapenem Resistant Pseudomonas aeruginosa)、腸内細菌科細菌(CRE;Carbapenem Resistant Enterobacteriaceae)は、世界保健機関(WHO;World Health Organization)の新規抗菌薬が必要な病原菌リストで、最も緊急度の高い「Critical(重大)」に分類されています[11]。これらの病原菌は、「悪夢(nightmare)」の細菌として米国疾病管理・予防センター(CDC;Centers for Disease Control and Prevention)で表記され[12]、「緊急かつ深刻な脅威」と捉えられています[13]。

カルバペネム耐性グラム陰性菌による感染症は、感性菌による感染症と比較すると、死亡率が高いことが指摘されています。しかし、菌種や感染部位によっても異なり、例えば、CRE感染症の死亡率は、菌血症非合併患者では約30%ですが、菌血症合併患者や肝移植患者では最大70%と報告されています[14]。

また、これらの患者に現在有効と考えられる抗菌薬の選択肢は、耐性機序の一部にしか作用しない抗菌薬であったり、重篤な副作用発現のリスクが指摘されている抗菌薬であったりします。たとえば、最近まで「最後の手段(last-resort)」と言われていたコリスチン(ポリミキシン系抗菌薬)は、投与患者の約60%に腎毒性が発現すると報告されており[15]、かつて安全性の問題で市場から撤退した後にこれらの耐性菌の問題により再登場したことが紹介されています[16]。更に困ったことに、最近コリスチン耐性遺伝子(mcr-1;mobilized colistin resistance-1)が出現し、世界的に拡散し、コリスチンの有用性さえも脅威に晒されているという状況です[17],[18]。

 

 

カルバペネム耐性菌による感染症を引き起こすと、長期間の入院が必要になり(病原体や感染部位にもよるが最長63日間)、患者さんや社会にとって経済的負担を増大させることになります[19]。

米国では、カルバペネム耐性菌感染症1例あたりの直接・間接経費の増加額はそれぞれ22,678~65,815ドル、2,599~48,106ドルと試算されています[20]。

これらのことから、カルバペネム耐性菌感染症治療では、臨床的な側面(有効性、安全性)と社会的な側面(治療費)において、非常に重要なアンメット・ニーズが存在していることが分かります。

適切な治療の遅れ:早期診断の重要性

抗菌薬の適正使用とは、「原因菌に感受性を示す抗菌薬を適切なタイミングで投与すること」として定義されています。
適切な治療が遅れると、患者さんの治療効果に重大な悪影響を及ぼすことになります[21]。敗血症患者のように特に抵抗力が弱く重症度の高い患者においてはより顕著で、死亡率の上昇、医療費の増加、入院期間の延長に繋がります[22]。

現在の診断において、特に耐性菌による感染症では、正確な診断が遅れ、適切な治療の開始が遅れることがしばしばあります[23]。

それゆえ、患者さんの治療効果をより良くするためには、可能な限り早期に適切な抗菌薬治療を開始することが重要であり、その為には耐性菌と耐性機序を判別する迅速診断の普及・促進が必要であることは明らかです。

感染症治療に寄与するための研究・開発促進への塩野義製薬の長期コミットメント[24]

塩野義製薬は140年前に大阪にて創業したグローバルな製薬会社です。

単独あるいは他社との戦略的な提携により50年以上にも亘り感染症薬の研究・開発を続けています。

また、直近の“Antimicrobial Resistance Benchmark 2020“の調査[24]において、対象企業の中で感染症薬の研究・開発分野への年間投資額比率(年間投資額/売上高)が最も高い会社であると評価を受けています。

抗菌薬の開発には非常にコストが掛かり、1つの抗菌薬を開発するのにおよそ10億ドル掛かると言われ[25]、市販後には新しい適応や小児領域への拡大の為に更に必要な経費が掛かります[26]。Pew Charitable Trust reportでは、新しい作用機序を有し、新しい分類に属する4種の抗菌薬のうち1剤しか次の段階に進むことができず、第1相試験の候補化合物の5剤中たった1剤しか最終的に商品化されないと言われています[27]。

私たちは、患者さんのことを第一に考え、その上で投資収益率が不確かではあるが感染症領域の研究・開発への投資は重要であるということを常に認識して取り組んでいます。

当社の抗菌薬開発の歴史は以下になります[28]。

  • 1959: sulfamethoxazole,塩野義製薬によって発見、開発された最初の スルホンアミド系抗菌薬
  • 1982: latamoxefmoxalactam), 世界で最初の注射用オキサセフェム系抗菌薬
  • 1988: flomoxef, 世界で2番目の注射用オキサセフェム系抗菌薬
  • 1992 and 1997: ceftibuten and cefcapene, 新規経口セフェム系抗菌薬
  • 2005: doripenem, 新規注射用カルバペネム系抗菌薬
  • 2019: cefiderocol,世界で最初のシデロフォア・セファロスポリン系抗菌薬

最近FDA(Food and Drug Administration)29とEMA(European Medicines Agency)30で承認されたセフィデロコル(Fetroja®)は、菌体内取り込みの新作用機序を持ち、多剤耐性(MDR;Multidrug Resistant)グラム陰性菌に活性を有し、新しいシデロフォア・セファロスポリン系抗菌薬に分類される世界で初めての抗菌薬です[31]。

感染症領域の研究・開発においてこれまで積み重ねた経験を活かし、現在も自社の研究・開発プログラムを通じていくつかの感染症領域の候補化合物を見出し、医薬品開発を進めています。

自社創製の他の感染症薬には、インフルエンザA/B感染症治療薬のバロキサビル・マルボキシル(Xofluza®)、HIV/AIDS(Human Immunodeficiency Virus/Acquired Immunodeficiency Syndrome)治療薬のドルテグラビル(Tivcay®)などがあります[31]。

塩野義製薬のポジションと戦略

ダボス共同宣言/AMR産業ロードマップと塩野義製薬におけるAMRの位置づけ

塩野義製薬は、製薬業界の中で感染症薬開発のリーディングカンパニーの1社であり、グローバルや各地域における様々な活動や提言、例えばG7 [32]、G20 [33]、国連加盟国[34]、WHO [35]のグローバルアクションプラン、the AMR Review on Antimicrobial Resistance(O'Neill レポートとも呼ばれる)[1]などの薬剤耐性に対する取り組みを支援しています。

また私たちは、継続的にAMR問題に取り組むことの重要性を強く認識し、グローバルな枠組みが確立しつつある一方で、喫緊の課題に対応するために国家レベルでの様々な実践的活動を支えています。

当社は、100以上の企業や業界団体と共に世界経済フォーラムにおいてダボス共同宣言(2016年1月)に署名しました[36]。

その共同宣言では、現在の治療法や新しい治療法を将来にわたって維持する必要性を強調しつつ、抗菌薬、ワクチン、診断の持続可能で予測可能な市場を創出するための集団的活動が求められています。

この宣言に基づき、12社のリーディングカンパニーと共に、この目標達成のためのAMR対策の進展へ向けた産業ロードマップを策定しました[37]。

更に他のステークホルダーと共に、国際製薬団体連合会(IFPMA;International Federation of Pharmaceutical Manufacturers and Associations)からの支援を受けたAMR Industry Allianceに、研究開発志向型製薬企業と同様にジェネリック医薬品メーカー、バイオ医薬品メーカー、診断薬・医療機器メーカーと共に参加して活動を推し進めています[38]。

複雑でグローバルなAMR問題に取り組むためには、以下のようなアクションが必要と考えています。
  1. 1
    Pull型インセンティブや保険償還の新しい価値評価を導入したAMR治療薬の予測可能で持続可能な市場の創出
  2. 2
    新規抗菌薬の開発・承認に関する国際規制の調和
  3. 3
    より効率的に臨床試験・研究を実行できるネットワークの構築
  4. 4
    動物を含めた抗菌薬適正使用・管理と経年的な耐性菌疫学サーベイランスの推進
  5. 5
    自社あるいは他社との協業による有効な新規抗菌薬の創製
  6. 6
    抗菌薬の製造過程における環境への影響の軽減

1. Pull型インセンティブや保険償還の新しい価値評価を導入したAMR治療薬の予測可能で持続可能な市場の創出

経済的インセンティブ

病原体は、抗菌薬療法に対して絶えず進化を続けており、耐性菌の進化に対処するために、新しい化合物を見つけ出す研究・開発の必要性が益々増大しています。

塩野義製薬は、この深刻なAMR問題に対して、実行可能な市場を再建して、研究・開発を進展させ続け、イノベーションを起こすために、新しいインセンティブ、資金調達、保険償還モデルの導入を強く支持しています。

抗菌薬適正使用管理を広範囲に展開していくことは、AMRを克服し、抗菌薬を将来に亘り使える状況を持続するために、極めて重要なことです。

そのため当社は、営業担当者の抗菌薬の販売量と評価を切り離しています。このことは、長期に亘る適正使用を支え、患者さんのより良い治療効果を導き、必要な抗菌薬の持続性にも繋がると考えています。

抗菌薬の研究・開発と販売に関しての経済モデルについて検討することは重要であり、私たちは規制当局や政府によるインセンティブとともに、私たちは‘Push’型インセンティブ(例;研究・開発に対する資金補助)と‘Pull’型インセンティブ(例;上市に対する財政的支援)の組み合わせの導入を主張しており、これらの導入は新しい感染症薬の研究・開発、販売を続けていくことの刺激になると考えています[39]。

Push型インセンティブの1つとなる研究・開発における外部機関との連携には、顕著な進展を大いに期待しており、例えばBARDA[40](Biomedical Advanced Research and Development Authority)のブロードスペクトラムの感染症薬プログラム、 CARB-X[41](Combating Antibiotic Resistant Bacteria Biopharmaceutical Accelerator)、 GARDP [42](Global Antibiotic Research & Development Partnership)、 the IMI's[43](Innovative Medicines Initiative)のND4BB[4]4(New Drugs 4 Bad Bugs)プログラム、JPIAMR[45](Joint Programming Initiative on Antimicrobial Resistance)などが上げられます。

これまで感染症治療における多くの課題の解決のために、保健医療の様々な分野のパートナーと連携し、具体的な解決策を見出すための取り組みを進めてきました。日本初の官民連携のGHIT基金[46](発展途上国の感染症治療への革新的な医薬品の研究開発支援)には、2013年設立当初から参加し続けております。

‘Push’型インセンティブは重要である一方で、患者さんに役立つ新しい抗菌薬の持続性の為には‘Pull’型インセンティブは必要です。これまで多くの議論がなされてきましたが、‘Pull’型インセンティブの具体的な進展は現状ではほとんどない状況です。私たちは、pull型インセンティブは国や地域の状況に応じたものであるべきことを認識しており、その上で部分的もしくは完全に市場と切り離した市場参入報酬やサブスクリプション(定額支払)スキーム[47]、政府による購入などの’pull’型インセンティブに加え、更にDRG(Diagnosis-Related Group)に紐づいた保険償還システム改編のような革新的で抗感染症薬特有の価値に基づく価格設定や保険償還システムなど一連の導入を推奨しています。政府や他の組織による’Pull’型インセンティブの継続的な議論を歓迎し、議論から実行へ迅速に移行することを強く願っています。

医療技術評価や保険償還による新しい抗菌薬の価値評価


経済的なインセンティブ導入に関連して、多剤耐性病原体に対しての効果を予測するための非臨床PK/PD(pharmacokinetics/pharmacodynamics;薬物動態学/薬力学)のデータやin vitroの微生物学的データの活用や、広範囲への感染拡大防止に役立つ社会的な価値を評価するなど、抗菌薬の新たな評価指標と新たな薬価設定などの新しいアプローチの整備も急務であると考えます[48]。

新しい抗菌薬のより幅広い公益性、例えば多様性の価値(治療対象・範囲の拡充の利点)や感染伝播防止の価値(人々への感染拡大防止の利点)、他治療に取って代わる価値(外科治療、内科治療を不要にする利点)、対象スペクトラムの価値(特定の病原体に対して広域から狭域スペクトラム抗微生物薬へ移行)、潜在的な保険の価値(感染症発症頻度が急増したりあるいは突然起こったりする際に役立つ利点)などを評価する指標は、EEPRU(Policy research Unit in Economic Methods of Evaluation in Health & Social Care Intervention)[49]、“Drive-AB[50]”、Duke大学Margolis Center健康政策[47]、英国医療経済学研究所[51]の報告でも推奨されているように、活用されるべきです。

更に、DRG (Diagnosis Related Group;診断群分類支払いシステム)対象病院の保険償還システムのような包括支払システムの予算制約が、最適な抗菌薬の使用に対するハードルを生んでいることに対処しなければなりません[50]。例えば、抗菌薬の償還が、DRGシステムから“DRG carve-out”と呼ばれる他の仕組みに移り変わるべきであるという提案がなされており、それは抗菌薬を他の薬剤とは区別して償還されることを可能にし、抗菌薬の使用による経済的な阻害要因を取除くことことができる仕組みと考えています[50]。

短・中期的にはグローバルでの抗菌薬の評価指標と薬価設定の枠組みは成熟しつつありますが、当社はEUnetHTA(EUのHTA連携組織)[52]と共に国民医療システムにおける新たな評価法や新たな保険償還モデルの導入を更に模索し続けています。

製造におけるリスク分散の仕組み

塩野義製薬は、いくつかの抗菌薬の製造では専用の施設が必要であり、また生産量の事前計画が必要なことから、以前より製造設備に投資することを明言しています。

適正使用が進むことにより、新規の多剤耐性菌用抗菌薬は製造が少量となることが予想され、専用の製造設備を持つことは非効率な運用となり、また先々の耐性菌動向を予測することが困難なことから、将来的な生産計画を立てることが非常に複雑になることが予測されます。

これらの医薬品製造における問題は、最終的に商品の原価を押し上げ、市場での流通を悪化させる可能性があります。

当社では、開発から販売までの全体を通して発生する医薬品製造の問題点解決に向け取り組み続けています。

2. 新規抗菌薬の開発・承認に関する国際規制の調和

EMAのPRIME[53](Priority Medicines)スキーム、Adaptive Pathways[54]や、FDAのGAIN[55] (Generating Antibiotic Incentives Now)法、21st Century Cares Act法でのLPAD[56](Limited Population Antibacterial Drug)といったより明確で合理的な規制上のアプローチやガイドラインは、うまく機能し始めており、迅速な開発、迅速な審査プロセス、そして最終的に早期に患者さんへ薬剤を届けることに寄与しています。

EMA、FDA、及びPMDA[57](Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)の3つの規制当局間協議が既に始まっていますが、地域を跨ぐ臨床試験要件・承認の規制上の更なる調和が進むことにより、新しい抗菌薬がより早くグローバルに流通することを私たちは願っています。

更に、塩野義製薬はオーファンドラッグやNTD(neglected tropical diseases)のような承認の規制上のインセンティブの機会を見出したいと考えています。

3. より効率的に臨床試験・研究を実行できるネットワークの構築

多剤耐性菌感染症を対象に新しい抗菌薬を開発する際の最も大きなチャレンジの一つは、耐性菌感染症患者を対象にした比較試験のデータを収集することです。

耐性菌感染症の臨床試験は、多くの場合感性菌感染症の患者による非劣性試験で実施されます[50]。

既に耐性病原体に対して効果が期待できないことが分かっている対照薬を組み込んだ試験に耐性菌感染症患者を登録することは非倫理的だからです。

もし耐性菌感染症患者が対照薬群またはBAT(Best Available Therapy、既存薬を用いた最善の治療法)群に割り付けられた場合、疫学上の異質性のような複雑さが発生し、患者分布、基礎疾患及び原因菌のバラツキにより、優越性の設定のみならず検出力の設定も難しくなることが考えられます。

塩野義製薬は、抗菌薬臨床試験に特化した臨床ネットワークを構築することで、より効率的でより経済的な臨床試験を実施できると考えています。私たちはEU ND4BB(New Drugs for Bad Bugs)プログラムの一部であるCOMBACTE-NET(Combatting bacterial resistance in Europe – networks)とセフィデロコル開発における細菌学的検査で連携しており、今後更により広範囲にわたるネットワークに参加する機会を模索し続けるつもりです。

4. 動物を含めた抗菌薬適正使用・管理と経年的な耐性菌疫学サーベイランスの推進

抗菌薬の誤った使用は、耐性株の出現を増長させることになります[58]。

現在の有効な抗菌薬を将来に亘って持続するためには、不適切な抗菌薬使用を最小限にすべきです。

動物での抗菌薬使用はヒトでの使用より多く使われています(例;動物72.5%、ヒト27.5%(米国))[1]。それゆえ、AMR対策において、農林水産分野での抗菌薬の適正使用が非常に重要で強調されるべきであると共通認識することが必要です。

塩野義製薬は、いくつかの国で最後の切り札である抗菌薬の動物での使用を禁止したという取り決めを大変望ましいことだと考えており(例;中国でのColistinの禁止)[59]、また食料品に対する抗菌薬添加を減らすという小売り店や食品チェーン店の努力も大変望ましい取り組みだと考えています(例;Marks & Spencer,McDonald’s)[60],[61]。

ヒトの使用においては、まず第1段階として、抗感染症薬の適応(label)は患者さんのニーズを反映し、処方医師が適切に処方できるように規定されるべきだと私たちは考えています。このことは、感染部位にのみ基づいた従来の感染症疾患主体の適応(label)というよりはむしろ特定の細菌感染に効果があることを指し示す病原菌主体の適応(label)の必要性を示唆しています。3極の規制当局は既に臨床試験の要件整備と薬剤の適応(label)の両方のハーモナイズの検討を進めており、私たちはさらなる進展を期待しています。

感染症の原因菌に対しては、適切な用量と投与期間による治療がなされるべきです。

当社は、より効果的な抗菌薬適正使用管理を推進するために、国民医療システムに沿った抗菌薬適正使用管理に関する経済的インセンティブが導入されることを望んでいます。

また、AMRに関する問題点の認知向上を進める専門家向けの教育プログラムに参加したり、販売担当者への報酬は抗菌薬の販売量とは切り離した対応を取っています[24]。

更に、迅速微生物診断や迅速微生物感受性テスト(antimicrobial susceptibility testing ;AST)の普及を強く推奨しており、速やかで適切な治療開始は、患者さんの治療効果にも寄与し、抗菌薬の適正使用を進めるためにも大変重要なことだと考えています。迅速微生物診断や感受性テストを活用することにより、抗菌薬の経験的治療を減らし、適切な抗菌薬療法への移行を助長し、最終的には患者さんの治療効果をより改善することができると考えています。

適切な抗菌薬使用を進めることにより、当社はまた耐性菌感染症に関する経年的で精度の高いサーベイランス活動を実施するというグローバルや国のアクションプランを支援しています。

耐性菌の出現や感受性の疫学情報が得られる経年的でより精度の高いサーベイランス活動は、AMR対策に取り組んでいる最前線の臨床医や医療関係者にとって、大変重要なことです。

臨床医にとっては、このことは薬剤の感受性情報が限られているときに、最適な治療選択を可能にできる有益な情報になりえます。また医療関係者にとっては、その時々の感染症治療上の問題点が把握でき、最も重要で優先度の高い対応策を講じる根拠にもなりえます。

当社は、セフィデロコルの開発を支えるグラム陰性菌感染症のグローバルサーベイランスを実施し続けており、将来的にはサーベイランスデータを共有できるような活動に参加していきたいと考えています。

5. 自社あるいは他社との協業による有効な新規抗菌薬の創製

インフルエンザやCOVID-19のような急性ウイルス感染症では、大規模な流行や細菌性の二次感染を引き起こすことがあり、しばしば取り扱いの難しい院内感染病原体となりうることがあります[62]。バイオテロでは、操作により耐性菌株が作り上げられ、一般大衆へバラまかれることも考えられます。

塩野義製薬は、必要に応じて行政や連携パートナーを通じて患者や社会全般に対して直接支援していくことにコミットしています。

グローバルでの医薬品流通アクセスを改善するために、他のステークホルダーと新たなビジネスモデルを模索して構築していくことは不可欠です。

当社は、他のグローバル企業との提携やライセンス契約を通じて革新的な医薬品の流通アクセスを改善しようと取り組んでいます。

例えば、HIV/AIDSやインフルエンザに対しての自社創製の新薬において、他社と連携体制をそれぞれ構築しています。

現在、提携やライセンス供与を行った研究・開発活動が自社の中核事業モデルとして寄与し続けていることから、近い将来可能性のあるAMR治療薬に関連する提携契約においても、同様に展開していく重要性を認識しています。

6. 抗菌薬の製造過程における環境への影響の軽減

抗菌薬製造業者にとって、生産時の環境への影響の軽減施策を行っていくことは重要です。

塩野義製薬は、何年にも亘り感染症薬の開発、製造、販売を行ってきましたが、常に環境への感染症薬の排出に関しては厳しく管理し続けています。私たちは、環境への影響を軽減する戦略を明言し続けており[63]、Industry Roadmapの内容の実行やPSCI(Pharmaceutical Supply Chain Initiative)を通して環境リスクマネジメントにおいて、他の製薬会社とともに取り組もうと考えています。

結論

塩野義製薬は、これまで述べてきたように長年に亘り感染症領域に対して研究、開発、製造、販売に取り組んでいます。

グローバルにおける社会的課題であるAMRに対して、新規抗菌薬の創薬を続け、国内外の臨床分離株に関する薬剤耐性サーベイランス調査を継続的に実施し、AMR治療薬としてセフィデロコルの開発を更にグローバルに展開しています。製造活動においては、抗菌薬の環境への排出を軽減できるように取り組み、販売活動においては抗菌薬適正使用を推進するために、営業担当者の抗菌薬の販売量と評価を切り離しています。

更に、AMRに関する国内外の各種活動にも積極的に参加し、グローバルにおける社会的課題の解決に寄与できるように取り組んでいます。

グローバルレベルでのPull型インセンティブを確立することや、新たな価値評価/保険償還システムの導入、更に他の取り組みを推し進めるには、多くの時間を要し、ステークホルダーの賛同や政治的な理解が必要であるということを認識しています。

たとえ、効果的な適正使用がグローバルに実施されて、微生物の耐性出現がいくらか緩和できたとしても完全に抑えることができるわけではありません。

新しい医薬品の開発には長期間かかることを考慮すると、社会においては新しい抗菌薬の研究・開発と販売におけるインセンティブの戦略を構築していくことが今一番必要とされています。

多くの製薬会社は、感染症領域の研究・開発から撤退しつつありますが、塩野義製薬は患者さんと社会の両者が将来必要とする抗菌薬の恩恵を確実に受けられるように誇りを持って取り組み、抗菌薬の適正使用と流通を進めるリーターシップの役割を担っていきたいと考えています。

  1. ※1
  2. ※2
    Cassini A. et al. ‘Attributable deaths and disability-adjusted life-years caused by infections with antibiotic-resistant bacteria in the EU and the European Economic Area in 2015: a population-level modelling analysis’
  3. ※3
  4. ※4
    Tsuzuki S, Matsunaga N, Yahara K, et al. National trend of blood-stream infection attributable deaths caused by Staphylococcus aureus and Escherichia coli in Japan. J Infect Chemother. 2020 Apr;26(4):367-71.
  5. ※5
  6. ※6
  7. ※7
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