
IT負債をつくらない―現場に根付くDXの設計図
─ まず、塩野義製薬に入社された理由を教えてください。
高校時代、がんを患った父が、新薬のおかげで回復したことが原体験です。10年以上経つ今も、父は元気に過ごしています。「我が家は薬に救われた」と今でも実感しています。私も患者さんとご家族を少しでも多く救いたいと思い、薬学部に進学し、肺がんの病理研究に没頭しました。
就職活動は製薬企業に絞り込んでいましたが、どの職種にするかは深く考えました。次第に、研究室にこもるよりも「人とディスカッションするのが好き」という自身の性格に気づき、2019年にMR(医薬情報担当者)として塩野義製薬に入社しました。
─ 学術営業からデータサイエンス部(DX推進本部)に異動された経緯を教えてください。
入社3年目に転機が訪れました。DX人材育成の研修を受講したことがきっかけでDXに興味を持つようになります。ちょうどデータサイエンス部でも営業を理解できる人材を求めていて、タイミングが重なり異動することになりました。
当時は、診療で集められたビッグデータを活用して、治療薬のエビデンスを構築し、薬の価値向上につなげたいと考えていました。
─ 専門スキルをすでに持っていたのでしょうか?
実は異動した当初、Pythonなどのプログラミング経験はほぼゼロでした。マネージャーに「どんな(プログラミング)言語が使えるの?」と聞かれて、冗談交じりで「日本語は得意ですけど英語は苦手です」って答えたほどです。
そこから1年間は猛勉強しました。当時はまだ生成AIも一般に普及しておらず、先輩が書いたソースコードを一行一行、意味を調べながら実行していく日々でした。「なぜこう動くのか」をインターネットでひたすら調べて解読していきました。
正直、最初はプログラミングという概念自体が大きすぎて、初めて触る楽器のような感覚でした。何をすればどの音が鳴るのかがわからない。動くと思ったコードが動かない、先輩と同じように書いているはずなのに動かない。何がわからないのかもわからない状態でした。
そんな状況を乗り越えられたのは、とにかく質問したこと、そしてチームの支えがあったからだと思います。1+1のような初歩的なことでも、遠慮せず先輩に聞きに行きました。ここはMR時代に鍛えた「人に聞く力」が活きました。そして、そのたびにチームのメンバーが向き合って丁寧に教えてくれました。徐々に先輩方が持っている暗黙知——「なぜこう書くのか」「なぜこの順序なのか」——を自分の中で咀嚼できるようになったのは、未経験の自分を受け入れて一緒に育ててくれたチームがあったからこそです。
── プログラミング未経験から、ハッカソンでチームとして3位入賞という結果を出されました。何が功を奏したのでしょうか?
※ハッカソン:アプリやサービスなどのプロダクトを開発して成果を競い合うITイベント。
MR時代に、医療従事者に対してデータに基づくエビデンスを日常的に説明していた経験が大きかったと思います。プログラミングの知識と技術はゼロからのスタートでしたが、データを読み解いて相手に伝わる形で意味を示す力は、MRとしてずっと磨いてきたものでした。
─現場とコラボレーションするときに、どのようなことを重視されていますか?
丁寧なヒアリングに加えて、私たちDX側が現場に足を運び、現場を自分の目で知ることを大切にしています。私がデータサイエンス部に着任したとき、部長に「データサイエンスに求められるものとは?プログラミングスキルですか?」って聞いたんです。そうしたら、「センスと足」って返ってきたことが今でも忘れられません。
─ 「足」について、どのように実践されていますか?
とにかくグローバル本社を歩き回っています。いろんな部署に顔を出して、困っていることがないか聞いて回る。本社以外にも、研究所などにも通い、少しでも顔をつなごうとしています。直接足を運べない遠方の事業所に対しては、オンラインのチャットチャネルで質問や相談に即回答することを心がけていて、物理的な距離があっても「聞けばすぐ返ってくる」という関係をつくるようにしています。
─ その「足」で歩いた結果、何が変わりましたか?
社内のダッシュボード——さまざまなデータを一目で把握できるように可視化した画面——の数が加速度的に増えました。さらに、ダッシュボード開発に関する社内イベントも企画しました。豊中や高槻の研究所、摂津工場、松山営業所、本社等の各拠点から発表者が登壇し、ハイブリッドで30名近くが集まりました。研究・生産・サプライ・営業とバリューチェーンを横断して実施したので、自分たちの部門だけでは思いつかないようなデータ活用のアイデアや気づきが次々と出てきました。同時に、集まったメンバーの多くが各現場でデータ活用をリードしている方々だったこともあり、「現場を動かすことの難しさ」について深く共感し合える場にもなりました。イベント後のアンケートでは「もっと学び合いたい」「継続して実施してほしい」という声が多数寄せられています。
─ 現場との間で難しさを感じる場面はありますか?
組織間のコンフリクトにどう向き合うべきか常に考えています。統合前の塩野義製薬と旧JT医薬事業部、生産とサプライと流通、営業推進とデジタルマーケティング——それぞれに最適化された業務プロセスがあり、データの持ち方も異なります。そうした壁を「なくそう」というコンセプトで、全体の視点からデータを統合し、全員が同じ数字を見られる状態にすることを目指しています。
テクノロジーだけで押し切っても、現場のニーズだけに振り回されても、どちらも行き詰まる。両方の良いところを擦り合わせながらステークホルダーの合意を得ていく。それが部長の言う「センス」なのかなと、最近ようやく実感し始めています。現場の真の課題にたどり着き、解決策を見いだせると現場が円滑に回る。その姿を見ると心からやりがいを感じます。
─具体的にはどのような現場の課題を解決されてきましたか?
例えば流通担当者は、どれくらい医療機関に製品が納入されているのかを知りたい。けれども、全国の医療機関×製品×包装の種類……と、条件が掛け合わさり、爆発的なデータ量になります。「こういう分析を知りたい」という要望はあるものの、その膨大なデータをどう扱えばよいか悩まれている。
そこにIT・DXの専門家が入り、解決策を提案し、活用を支援します。我々はあくまでもサポート役です。必要なデータをわかりやすく提供し、現場が自走できるよう後押しする。こうした積み重ねの先に、現場が自らデータを使って判断できる状態——私たちがいなくても回る状態——をつくることが、最終的なゴールです。
─ 未来を予測する取り組みもされていると伺いました。
売上や感染症の動向のシミュレーションツールなどを開発しています。「未来は予測するだけではなく、デザインするもの」という考えから生まれました。
仮に「目標達成の確率は30%」という結果が出たときに、どのように工夫すれば達成確率を上げられるのかを併せてシミュレートする。その結果に基づいて、打つ手を迅速に選び、経営資源を有効活用する。このような、経営陣や現場の的確な意思決定を強力にサポートできるツールを目指しています。
─ このツールの価値を、身近な例で表現するとどうなりますか?
たとえば天気予報で例えると、降水確率が10%だったとしても、絶対に濡れたくないときは確実に傘を持っていく。反対に降水確率が70%でも、身軽に目的地にたどり着きたい場合は、多少濡れてもいいから傘を持たず走り抜ける。あるいは、コストがかかってもいいからタクシーを使う。未来を予測できれば、取る手段を選びやすくなりますよね。
ビジネスも同じで、市場環境や競合の動きは自分たちではコントロールできません。しかし、それに対してどう動くかは選べます。その判断を、経験や勘だけに頼るのではなく、客観的なデータとシミュレーションでサポートすることで、より再現性の高い意思決定ができるようになると考えています。
これはいつ再来するとも限らない感染症パンデミックへの対策にもなります。前例のない状況でも、シミュレーションによって意思決定を支えられるようになるでしょう。
─ 未来予測ツールを開発するときに重要なこととは?
セールスはマーケティング部門、感染データは疫学部門、製造は生産部門、その他流通、経理、研究・開発……など、あらゆる部門のデータが必要になります。全体を効率化するためには、全てのデータが統合されていることが望ましく、そのようなデータの統合に今まさに会社一丸となって取り組んでいます。
─ 現在は、最先端の量子技術プロジェクトも担当されています。
はい、量子技術を実装するためのチームをまとめています。メンバーには薬学出身者やバイオインフォマティクスの専門家など、多様なバックグラウンドを持つ若手が集まり、最新技術を追いかける熱量はまるで大学の研究室のようです。万博で量子技術に関するイベントウィークがあった際には、チームメンバーで一緒に参加しに行きました。
量子技術を使えば、従来のスーパーコンピュータでは非現実的だった複雑な分子シミュレーションなどが、非常に短時間で解ける可能性があるとされています。実際に、MRの訪問計画を量子技術で最適化する取り組みが人工知能学会で表彰を受けるなど、具体的な成果も出始めています。一方で、汎用的な実用化にはまだ課題も残ります。だからこそ、次に来る技術の本質をいち早く理解しておかないと、逆に技術に振り回されてしまいます。
量子技術に関しては医薬総合研究所 i2i-Laboとの連携も加速しています。高槻の研究所に足を運んでディスカッションをしたり、「SHIONOGI DATA SCIENCE FES」ではチームのメンバーが登壇者として一緒に発表したりしました。量子技術がきっかけで、組織間の連携も進んでいる実感があります。
だからこそ、まずは「量子で何ができて、何ができないのか」を自分たちの言葉で説明できるようになることが当面のミッションです。量子技術を受け入れられる人材や基盤を整えたうえで、量子技術を実際の創薬で活用する事例を、2030年を目標に生み出すことを目指しています。
─ 小林さんはデータやテクノロジーを駆使して、塩野義製薬の未来をどのようにデザインしたいですか?
データとテクノロジーを使って会社全体のオペレーションを最適化し、より多くの薬が創出され、適正なコストで造られ、必要としている患者さんに確実に届く未来をデザインしたいです。その結果として一人でも多くの患者さんに薬が届き、患者さんへの貢献を実感できれば、従業員全員が主体性とやりがいを持って働けると信じています。
これまでマーケティング、メディカルアフェアーズ、製造、流通、研究等と、さまざまな現場の業務変革支援に携わる機会をいただいてきました。これらを横串にどう最適化するか、技術をどう役立てるかを戦略的に考えられるのは、これまでの経験のおかげです。先端技術と現場のニーズを繋げる役割の価値や重みを感じながら、全体最適化に向けてチーム一丸で取り組みを続けます。
高校時代、新薬に救われた父の姿が、この仕事の原点にあります。あの時の薬を届けてくれた人たちがいたように、自分はデータとテクノロジーで、薬が届くまでの仕組みそのものをより良くしたいです。