「みんなのために」エース・三輪さくら投手の決意と成長

2025年3月31日公開
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ソフトボールは情報戦。一瞬の判断が勝敗を左右します。SHIONOGIレインボーストークスの常に研鑽し限界を超えて挑戦する姿勢は、SHIONOGIが大切にする「革新」の精神を体現しています。マウンドに立つ三輪さくら選手は、チームメイトや観客への想いを胸に、「みんなのために投げたい」という決意で、勝利への道を着実に切り開く存在として輝いています。ぜひ、その成長と進化の軌跡をご覧ください。

大活躍の理由はSHIONOGIレインボーストークスへの移籍

―昨年度(2024年)は、春にSHIONOGIレインボーストークスに移籍されてから、リーグ新記録となるシーズン19勝とJDリーグ西地区・最高殊勲選手(MVP)を受賞。さらにはイタリアで開催されたワールドカップでの優勝と大活躍されました。

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2022年に日本代表に初めて選出していただき、大きな目標が1つ叶いました。一方で、当時所属していたチーム(トヨタ自動車)には米国代表のモニカ・アボット投手など、エースピッチャーがいて登板機会があまり回ってこない状況でした。代表選手なのにリーグで結果を出せない、みんなの期待を裏切りたくない、と焦る気持ちが芽生えたのです。

 

ちょうどその頃、まだ現役だった松田監督の、ものすごく前向きな気持ちがあふれる投球を見て、「こういうピッチャーに私もなりたかったんだ」と再認識しました。「松田さんのもとでソフトボールしたい、もっと登板して成績を上げたい」と、松田さんが監督に就任されたSHIONOGIレインボーストークスへの移籍を決意します。試合にかける情熱や、チームメイトをどれだけ思えるかなどを教えていただき、ソフトボール選手としての人生が変わりました。

―そのような背景があったのですね。SHIONOGIレインボーストークスに移籍されてすぐに大活躍できたのには理由がありますか。

チームのみんながフラットに受け入れてくれて、私がプレーしやすい環境を作ってくれたからです!SHIONOGIレインボーストークスに入って本当によかったと心から思います。

いろいろなタイプのピッチャーがいる中で、私は自分だけに集中するというより、チームメイトの動きや試合の流れを見て、私に何ができるかを考えるプレースタイルです。そういった面でも相性がいいのかなと感じます。

―ピッチャーというエースポジションは、プレッシャーが大きいのではないでしょうか?

投げることで自分の気持ちをコントロールできるタイプで、投げれば投げるほど、心が静かになって落ち着きます。投げること自体もすごく好きで、長く登板してゲームを組み立て、勝ちに持っていくのが私のプレースタイルです。

逆にプレッシャーに感じるのは、スポット登用のような、投球が少ない中で結果を出さないといけない場面です。昨シーズンはたくさん投げさせていただいて、良い成績も残せて不安を払拭できました。

憧れのレジェンド・上野由岐子さんから学んだこと

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―ワールドカップで3試合に登板しました。海外でのプレー経験はいかがでしたか?

国内と海外で一番の違いは選手の体格でした。いつもは自分より背の低いバッターに対して低めに抑えた投球を意識していますが、国際試合だと私の身長に近い選手が多いので投げやすいと感じました。ただその分、ストライクゾーンも変わるので、JDリーグとワールドカップでは切り替えが必要でした。

―女子ソフトボール界のレジェンド、上野由岐子さんと同じチームでプレーしたお気持ちを聞かせてください。

8歳の時に北京オリンピックで413球を投げられた上野さんを見て、「一緒に戦いたい!」と願ったことがついに叶ってしまいました。同じ日の丸のユニフォームを着て戦ったという事実、上野さんが投球される姿、ひとつひとつが印象深い出来事です。

 

上野さんに教えていただいたことは数え切れません。最も心に残っていることは自分で自分を評価する大切さでした。ピッチャーというポジションは失点するかしないかで評価されるため、どうしても結果に一喜一憂してしまいます。

けれど、いいピッチングができた日は「よくやったと自分を褒めてあげて」と、自分の気持ちをコントロールする意識を持つ事の大切さを教えていただきました。憧れの上野さんから直接聞けたことが、とりわけ大きな励みになりました。

ゲームメーカーとして勝敗を決めるピッチャー

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―ソフトボールを始めたきっかけは?

愛知出身で、幼い頃から祖父と一緒に中日ドラゴンズの応援や、キャッチボールをして育ちました。8歳のときに友達に誘われて、地元の西枇(にしび)エンジェルズというチームに入ったのがソフトボールとの出会いです。同世代の子たちとソフトボールをするのがすごく楽しかったです。

―当時からピッチャーでしたか?

初めはキャッチャーで、中学2年生でピッチャーに転向しました。3年生が引退してピッチャーがいなくなったから、という理由でしたが(笑)。

自分がピッチャーになって初めてピッチャーというポジションが理解できました。ソフトボールは勝敗の7〜8割をピッチャーが握っているとも言われます。責任感、プレッシャーのリアルな重さを感じた一方で、自分で試合を作れるおもしろさを知って、ますますのめり込みました。

―そうなのですね!その「ピッチャーのおもしろさ」を教えてください。

ウインドミル投法と呼ばれる、ピッチングスタイル(ボールの投げ方)に特徴があります。野球でよく見る上投げに比べて、下投げであるウインドミルは肩を痛めにくく、私は投げやすいと感じます。小さい頃から背が高く、関節も柔らかい私はピッチャーに向いていたようです。

私の投球スピードは最速で110km/h 前後。数字だけ見たら遅いと思われるかも知れませんが、野球と比べると、(女子ソフトボールの場合)ピッチャーとバッターの距離は5m以上も近いので、体感では160km/h 相当とも言われているんですよ!

投球してからキャッチャーが捕球するまでは、わずか0.3秒ほど。タイミングが読めないとヒットを打つのはかなり難しい。三輪選手は変化球でタイミングをずらす名手だ。

―160km/h !

一方でソフトボールはコンパクトなフィールドで繰り広げられる頭脳戦で、チームワークと駆け引きが欠かせません。例えば、対戦するバッターの過去映像をひたすら見て作戦を考えます。次のリーグ戦で使う作戦を立てたら、練習試合ではその作戦をあえて封印したり、変化球でタイミングを外して揺さぶったりと、パワー勝負じゃないところにおもしろみがあります。

食べるものが心と体を作る

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―ボールを包み込む、大きくてふっくらとした手をされていますね。

もともと手も大きくて、投げ込むことで自然と鍛えられました。初めは血豆がたくさんできましたけれど、今では手の甲の筋肉は盛り上がるし、握力も強くなりました。指や関節もボールにフィットするように変形しています。

 

私の強みにしている変化球は手首の角度と指の使い方がポイントです。人差し指と中指は握り込まず、指先でボールをつまんで圧力をかけて回転させ、手から離れる直前ではじき飛ばします。爪がストッパーの役割を果たすため、深爪すると良い球は投げられません。爪ヤスリでベストの長さに調節するほか、ささくれなどのトラブルはピッチングにすぐ影響するので、クリームで乾燥しないように手入れをしています。丈夫な爪のためにタンパク質は欠かせません。

―さすがスポーツ選手、体のケアや食べ物にも気を配っていますね。

栄養のバランスを考えるのはもちろん、食べるものと思考は繋がると思っているので、コンビニで手軽に済ませたいときも、頑張って自炊するとか、何を口にするかにも気を遣っています。

シーズンを通して安定して戦うため、体重の増減がないようにも心がけています。自然と脂質を抑えた和食が多くなりますね。とはいえ食べることは大好きで、世界遠征のときも何でもおいしくいただきました!

広報の仕事で気づいた、ソフトボールとの共通点

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―リーグ戦のないオフシーズンの過ごし方を教えてください。

朝は家でストレッチとかヨガをします。体を酷使するとどんどん硬くなり、呼吸も浅くなって猫背になってしまうから、ストレッチは大切です。

夜は終業後から20時30分ごろまで、体の様子に合わせたメニューを作って練習します。ピッチャーは割と自由に練習内容を任せてもらえるのですが、オフシーズンにきっちり準備できるかどうかでその年のチーム成績に影響するので、責任はありますよね。

―先ほど終業後、とおっしゃいました。オフシーズンはお仕事もされているのですか?

はい、オフシーズンは8時半から5時まで、シオノギファーマの事業開発部で広報業務に携わっています。今は主にソフトボール部の発信をSNSやウェブサイトで行っています。スポーツと会社の仕事は、一見全く違うように思われますが、業務の遂行やプロセスにある「お客様のために」という貢献の姿勢には共通するものを感じました。ソフトボールと広報業務の両立は大変ですが、世界が広がりました。

勝利を喜んでくれるみんなのために

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―改めて、昨年度は日本代表としてワールドカップでの優勝や、JDリーグ西地区のMVPとすばらしい成績でした。

私がソフトボールをする根本的な理由は、チームメイトや観客、家族や友人のためです。振り返ってみると、去年は移籍や海外遠征と、正直なところ疲労度は高めでした。けれど、みんなが勝ちたいとがんばっているのに私だけ疲れを見せるのは、私自身が一番許せない。私が疲れていることはみんなには関係ないことだ、と最後までこだわったからこその結果かもしれません。

 

去年の成績に対して、どのポイントに満足感を得たのか考えてみたのです。すると、上野さんの持っていた勝利記録を更新した試合での勝利投手インタビュー中に、両親がスタンドで大号泣している姿が目に入りました。そのとき「あぁ、私はこの姿を求めてソフトボールをしているんだ」と心が満たされるのを感じました。1つ1つ勝利を重ねていくことで、みんながこんなにも喜んでくれる。そこに私はやりがいを感じます。

―今季はどんなシーズンを目指されますか?

チーム日本一という目標に向けて、まずは去年立てなかったJDリーグのダイヤモンドシリーズ(決勝)の舞台をめざします。SHIONOGIレインボーストークスの魅力は、どのチームよりも元気があるところ。試合に出ていないベンチメンバーの応援風景も見られるのはソフトボールにしかないおもしろさです。ぜひ球場に足を運んで、ソフトボールの楽しさを体感していただけたらうれしいです!
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