2022/08/08

普及に適した下水中新型コロナウイルスの
高感度検出技術(EPISENS-S法)を開発
~本技術の普及による下水疫学調査の社会実装の加速に期待~

ポイント

・下水中新型コロナウイルスの高感度検出技術(EPISENS-S法)のプロトコルを論文として公開。

・EPISENS-S法により測定した下水中ウイルス濃度は新規報告感染者数と連動することを実証。

・EPISENS-S法は迅速かつ費用対効果が高いため、普及による社会実装の加速への貢献に期待。

概要 

 北海道大学大学院工学研究院の北島正章准教授、岡部 聡教授、同大学院工学院修士課程の安藤宏紀氏は、塩野義製薬株式会社と共同で、下水中の新型コロナウイルスRNAの高感度検出技術を開発しました。本技術は、共同研究グループが開発した環境試料中のウイルス核酸の高感度検出技術(特許出願済:関連するプレスリリリース②)の一部で、これまで「北大・塩野義法(仮称)」として知られていた手法です。この度、その正式名称(略称:EPISENS-S法*1)と併せて本手法の詳細なプロトコルを公表しました。

 下水疫学調査*2は、不顕性感染者や軽症者も含めた集団レベルでのCOVID-19感染状況を効率よく把握するツールとして活用が期待されており、北海道大学と塩野義製薬は2020年10月より下水疫学調査の実用化に向けた共同研究を実施しています。研究チームは、下水疫学調査の社会実装の実現のためには下水中ウイルスの高感度検出法の開発が必須との共通認識のもと、技術開発に取り組んできました。今回発表したEPISENS-S法は、迅速、費用対効果が高い、特別な機器を必要としない、検出感度が高いなどの多くの利点を有しており、日常的な下水疫学調査に適した手法であると言えます。研究チームは、本手法の感度の高さを室内実験及び実下水処理場での調査により確認するとともに、下水中のウイルス濃度と感染者数との間に高い相関が認められることを実証しました。本手法は、北島准教授らが東京2020オリンピック・パラリンピック選手村において実施した下水疫学調査(関連するプレスリリリース③)においても活用されました。本手法の普及により、下水疫学調査の社会実装が加速することが期待されます。

 なお、本研究成果は、2022年8月8日(月)公開のScience of the Total Environment誌にオンライン掲載されました。

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【背景】

 下水疫学調査は、不顕性感染者や軽症者も含めた集団レベルでのCOVID-19感染状況を効率よく把握するツールとして社会的に注目を集めています。諸外国に比べて人口あたりの感染者数が少ない我が国では、下水中の新型コロナウイルスRNA濃度が比較的低く、下水疫学調査を社会実装する上では下水からのウイルス検出法の感度の向上が大きな技術的課題となっていました。

 本研究では、シンプル・迅速なプロトコルで、特別な機器を必要とせず費用対効果も高く、かつ高感度な下水中新型コロナウイルスRNAの検出・定量法(EPISENS-S法)を開発しました。EPISENS-S法は、下水試料を遠心分離することにより得られた固形物の沈渣から市販のキットを用いてRNAを抽出し、逆転写・前増幅反応後に定量PCRにより試料中ウイルスRNA濃度を測定する手法です。

 

【研究手法・研究成果】

 手法の開発にあたり、まず下水中固形物からの市販のRNA抽出キットを比較検討したところ、RNeasy PowerMicorobiome Kit (Qiagen社)が最も高い性能を示したため、このキットを採用しました。逆転写・前増幅(10サイクルのPCR)反応には手間の少ない1ステップ法を採用し、前増幅を経ても定量PCR*3による新型コロナウイルスRNAの定量性は保たれることを確認しました。また、本手法は下水中の糞便濃度の指標として広く用いられているトウガラシ微斑ウイルス(PMMoV)RNAも併せて定量可能で、PMMoV RNAを内在性コントロールとして使用して定量分析結果の妥当性の評価や新型コロナウイルスRNA濃度の正規化(雨水による希釈等の影響を補正)が可能です。

 下水処理場において採取した流入下水試料に熱不活化新型コロナウイルスを添加し、EPISENS-S法による検出感度を評価したところ、公社)日本水環境学会が公表しているマニュアル記載の方法(ポリエチレングリコール沈殿法・定量PCR)よりも約100倍感度が高いことが確認されました。

 EPISENS-S法を使用して札幌市の2箇所の下水処理場において流入下水中の新型コロナウイルスRNA濃度の長期定量調査を実施したところ、正規化した下水中新型コロナウイルスRNA濃度の変動は札幌市内の感染者数の増減と概ね合致しました(図1)。正規化した下水中新型コロナウイルスRNA濃度と感染者数との間には高い相関が認められ(図2)、下水中のウイルス濃度測定により地域の感染動向を把握できることが示されました。

 

【今後への期待】

 ワクチン接種率の向上や比較的病原性の低い変異株(オミクロン株)の台頭などの要因により、不顕性感染者や軽症者の割合が増えている可能性が指摘されています。下水中には症状によらず感染者から排出されたウイルスが含まれるため、下水疫学調査は見えない感染を「見える化」するツールとして社会的に大きな注目と期待を集めています。下水疫学調査の普及にあたっては、民間の分析機関や大学等で広く使用できる下水中ウイルス高感度検出法が必要とされていました。本研究で開発したEPISENS-S法は、迅速かつシンプルなプロトコル(最短6時間程度)で特別な機器を使用せず費用対効果も高いうえ、従来の標準的な手法に比べて格段に検出感度が高いため、下水からの新型コロナウイルスRNAの高感度な検出・定量に広く活用されることが期待されます。本研究成果は、COVID-19の下水疫学調査の社会実装に大きく貢献するものであると言えます。

 EPISENS-S法は、感度が高いため比較的感染者数の少ない期間も含めて日常的な下水サーベイランスに適した手法であり、本手法の普及により社会における感染拡大防止と社会経済活動の両立に向けた下水疫学情報の活用の動きが加速することが期待されます。

 

【関連するプレスリリース】

①北海道大学・山梨大学共同プレスリリース「下水中の新型コロナウイルスに関する世界初の総説論文を発表~COVID-19の流行状況を把握する上での下水疫学調査の有用性を提唱~」

発表日:2020年5月14日

URL:https://www.hokudai.ac.jp/news/2020/05/-covid-19.html

②北海道大学・塩野義製薬共同プレスリリース「新型コロナウイルスを含むすべてのウイルスおよび細菌の高感度検出技術に関する北海道大学と塩野義製薬の独占的ライセンス契約締結について」

発表日:2021年6月11日

URL:https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/210611_pr3.pdf

③北海道大学・大阪大学・塩野義製薬・東京大学共同プレスリリース「東京2020オリンピック・パラリンピック選手村でCOVID-19の下水疫学調査を実施」

発表日:2022年2月4日

URL:https://www.hokudai.ac.jp/news/2022/02/2020covid-19pdf.html

 

 本研究の一部は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業探索研究(JPMJMI18DB、 研究代表:松井佳彦)及び本格研究(JPMJMI22D1、研究代表:田中宏明)ならびに塩野義製薬株式会社からの共同研究費の支援を受けて実施されたものです。

論文情報

論文名 The Efficient and Practical virus Identification System with ENhanced Sensitivity for Solids (EPISENS-S): A rapid and cost-effective SARS-CoV-2 RNA detection method for routine wastewater surveillance(EPISENS-S: 日常的な下水サーベイランスのための迅速かつ費用対効果の高い新型コロナウイルスRNA検出法)

著者名  Hiroki Ando1、Ryo Iwamoto2、3、Hiroyuki Kobayashi2、Satoshi Okabe4、Masaaki Kitajima41北海道大学大学院工学院、2塩野義製薬株式会社、3株式会社AdvanSentinel、4北海道大学大学院工学研究院)

雑誌名 Science of the Total Environment(環境科学の専門誌)

DOI 10.1016/j.scitotenv.2022.157101

公表日 2022年8月8日(月)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学大学院工学研究院 准教授 北島正章(きたじままさあき)

TEL 011-706-7162  FAX 011-706-7162   メール mkitajima@eng.hokudai.ac.jp

URL https://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/water/member_MasaakiKitajima.html

配信元

北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)

TEL 011-706-2610  FAX 011-706-2092  メール jp-press@general.hokudai.ac.jp

 

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【用語解説】

*1 EPISENS-S法 … 「北大・塩野義法(仮称)」の正式名称として北島准教授が考案した手法名(Efficient and Practical virus Identification System with ENhanced Sensitivity for Solids)の略称であり、「EPISENS」には「疫学(epidemiology)情報を高感度(sensitive)に検知(sensing)する手法」という意味が込められている。

 

*2 下水疫学調査 … 「下水疫学」は学問分野である「Wastewater-based epidemiology」の訳語であり、北島准教授と山梨大学の原本教授の研究グループが考案。「調査」を付けることで、調査する行為そのものを意味する。

 

*3 定量PCR … ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を用いて、サンプルの中にある特定配列のDNA量を調べる方法。リアルタイムPCR装置を用いてPCR産物量に応じた蛍光強度を測定することで、鋳型DNAの量を知ることができる。リアルタイムPCRやqPCR(quantitative PCR)とも呼ばれる。