抗菌薬にかけるSHIONOGIの想い。産官学連携で感染症に立ち向かう理想をめざして

2024年2月28日公開

 2023年11月、塩野義製薬が創製した薬剤耐性感染症の抗菌薬が、厚生労働省の新制度「抗菌薬確保支援事業」で初の対象薬剤として採択されました[i]。この裏で重要な役割を担ったのが渉外部です。社内にとどまらず、製薬業界、政府や行政、海外の専門機関との対話に尽力しました。

 そんな渉外部が、歩んできた道のり、いま立つ地点、そして目指す場所とは?「“SHIONOGI人”として、思い入れのある抗菌薬を通じて社会貢献をしたい」と語る渉外部の有吉祐亮さんに、その真意をお伺いしました。

 

[i] グラム陰性菌感染症治療薬「フェトロージャ点滴静注用1g」の国内における発売および薬剤感受性検査用試薬の販売についてhttps://www.shionogi.com/jp/ja/news/2023/12/20231220.html

▲有吉 祐亮(ありよし ゆうすけ)
有吉祐亮さんの画像
1988年、塩野義製薬に入社。国内営業や各種製品担当を経て海外事業部に配属後、感染症薬適正使用推進ユニットを担当。2018年より渉外部に異動し、製薬業界、政府や行政、海外の専門機関との対話に尽力。

抗菌薬開発のジレンマ。新たな可能性を切り拓くために

──SHIONOGIの抗菌薬が採択された「抗菌薬確保支援事業」について、あらためて教えていただけますか。

 新しい抗菌薬[ii]の開発には、多くの時間と費用がかかり、成功も確約されていません。さらに、やっとの思いで販売までこぎつけても、使いすぎると効かなくなることもあるため、適正に使用する必要があります。実は、耐性菌を生じさせないためには、抗菌薬を使わないほうがいいのです。抗菌薬は必要不可欠な医療資源でありながら、ビジネスとして成り立たせるのは非常に難しい。製薬会社にとって、これは大きなジレンマです。

[ii] 細菌の増殖を抑制したり、殺菌したりする感染症の治療薬

 このジレンマを解消するために導入されたのが「抗菌薬確保支援事業」です。薬剤耐性菌による感染症に対する抗菌薬を開発し、耐性菌の出現を抑制するためにそれを適正に使用することに協力する企業に、国が収益の一定額を保証してくれる仕組みになっています。

 

──この「抗菌薬確保支援事業」に有吉さんは、どのように関与されたのでしょうか?
 抗菌薬支援事業には多くの人がかかわるため、それぞれの能力を最大限に発揮できるよう、ベクトルを合わせる必要があります。私の役割は、その筋道を立てることでした。例えば、海外グループ会社からの先行している海外の制度やアドボカシーに関する情報共有、意見交換を通じて、取り組みの方向性を検討しました。また、実際に事業を進めるには、医療機関への情報提供や収集が必要となるため、関連部門の方々と体制づくりに努めています。

 また、抗菌薬確保支援事業のような制度設計は、日本製薬工業協会(製薬協)などを通じた社外との連携も必要ですので、政府・省庁に抗菌薬の現状を理解いただいたうえで取り組む必要があります。その際は、SHIONOGIおよび製薬協の窓口としての役割を担いました。

 

──渉外部は交渉をするイメージでしたが、国とSHIONOGIが連携して同じ目標に向かって進むための筋道を立てるような業務をされているわけですね。
 まさにそのとおりです。社外の情報を収集し、社内の専門部署に相談しながら案件を進めたり、解決したりすることが多いです。医療制度に関しては分析も行いますし、課題設定をして行政に相談を持ちかけることもあります。
 企業や業界団体、政府が連携し、制度の制定や改定に向けて大きな力を発揮できる環境をつくる。そういったことが渉外部の業務としては、重要な位置付けとなっています。
▲「渉外部はワンチームです」と笑顔で話す有吉さん。チームシナジーでグローバルな課題に挑む
▲「渉外部はワンチームです」と笑顔で話す有吉さん。チームシナジーでグローバルな課題に挑む

組織の枠を超えた産官学連携で、「個」の限界を突破する

──今ある抗菌薬が効かなくなるAMR[iii]問題についても、産官学が連携して対処しているのでしょうか?

[iii] 薬剤耐性。抗菌薬が効きにくくなる、または効かなくなること

 はい、もちろんです。「個」では、できることは限られています。そのため、企業や業界団体、政府、アカデミア、医療関係者などが一体となって、対処すべき社会課題として捉え、その上で、お互いを信頼し合って取り組んでいくことが最も重要です。

 特にAMRに関しては、海外の耐性株が日本に入ってきている状況を踏まえ、産官学が連携して迅速に対処していく必要があります。

 

──やはり国が先頭に立ってAMRの取り組みを推進することが大事なのでしょうか?
国がAMR問題の旗振り役になることは極めて重要です。

 海外事業部にいたとき、私は東南アジアで感受性検査やサーベイランスに係る取り組みを行いました。大事な取り組みでしたが、いわゆる「点」の取組みであり、全体に影響を及ぼすには別のアプローチも必要であることを思い知り不完全燃焼の感があったことを今でも覚えています。この経験から、その国の政府が引っ張ることで、より大きなインパクトを生み出すことの重要性を実感しました。

 

──確かに、AMR問題は世界的な脅威であり、国との連携が欠かせません。しかし、世の中の関心はそれほど高まっていないように思えます。
 AMRは、気候変動のように世界的な課題でありながら、広く知られていないのが現状です。特に日本は衛生環境が良いため、AMR感染例が諸外国と比べて少ないことも、この問題への認識が得られにくい要因になっているのかもしれません。

 しかし、耐性菌が増加し、抗菌薬が効かなくなると、感染症治療だけでなく、抗がん剤治療や手術にも支障をきたすようになります。日常生活に直接影響を及ぼす可能性があり、非常に身近で怖い問題なのです。だからこそ、AMR問題に対する理解と対策が急務となっています。

 

──日本では、諸外国に比べて耐性菌が少ないわけですね。

 そうですね。少し昔の話をすると、1980年代後半にMRSA[iv]感染症が日本で流行し、大きな社会問題になりました。当時、抗菌薬の使い過ぎという問題もありました。その後抗菌薬適正使用の推進だけでなく、感染制御に対する取り組みが強化され、耐性菌の発生・拡大を抑制し、今も日本の耐性菌が少ないという状況に貢献していると考えられます。その背景には、医療従事者のたゆまぬ努力と政府(厚労省)による診療報酬上の加算など日本独自の取組みがあったと思います。

[iv] メチシリン耐性黄色ブドウ球菌

 

──AMR問題に対する有吉さんの考えを教えてください。
 AMR問題はグローバルな課題であり、国の取組が不可欠です。まずは、AMR問題を多くの人に知ってもらうこと。そして声を上げ、必要な施策について国に働きかけることが求められます。
 この一連の活動、いわゆるアドボカシーは、AMR問題の理解と関心を高め、国の政策に影響を与えるための重要な手段となります。そのなかで渉外部の役割は、業界団体、アカデミア、シンクタンク、メディアなど、さまざまなステークホルダーと対話をし、理解を得ながら、AMR問題に立ち向かうための道筋をつけることです。

 そしてその先に描く光景は、必要とされる抗菌薬が持続的に開発され、それらがグローバルで適正に使用されて、多くの命が救われること。ここにどれだけ近づけるかだと思います。

 

──やはりAMRは世界的な課題ということですね。
 そのとおりです。AMR問題に取り組むための枠組みを示した「グローバル・アクションプラン」が2015年に世界保健総会で採択されてから、10年が経とうとしています。しかし、AMRによる感染症や死亡例数はむしろ増加傾向にあり、効果が現れるまでには時間がかかります。そのため、AMR問題に関しては、あらゆる面で動き出しを早くすることが重要です。
 特に、治療薬を必要としている患者数が多い途上国では、AMR対策の強化が急務です。今後は、そのような国々に向けた日本政府主導の取り組みを期待し、協力していきたいと考えています。

AMR問題と対峙した、その先に見えたもの

──有吉さんのその熱量やモチベーションはどこから湧いてくると感じますか?
 「一人でも多くの患者さんを救命したい」という想いがあるからでしょうか。やはり人の生死にかかわることですから、抗菌薬が使われる場面を思い浮かべるたびに、その想いは一層強くなります。
 また、誰でも人のために役立ちたいという思いがあると思いますが、抗菌薬に対しては“SHIONOGI人”として強い思い入れがありますので、何とかして抗菌薬を通して社会に貢献できないかと、日々考えながら業務に取り組んでいます。

──仕事を通じて達成感や誇りを感じた瞬間はありますか?

 

 国内だけではなく、AMRへの課題意識を有する日米欧のグループ会社の社員、製薬協やIFPMAを通じた他の製薬企業の方々、各国政府や国際機関の関係者の方々と思いを一つにしてアドボカシー活動ができることに誇りを感じています。

 

 また、みんなと協力して世界共通の社会問題に取り組み、少しずつではありますがプル型インセンティブが実用化されていく様を見たときは、感慨深いものがありました。

▲タスクフォースメンバーとして活躍する林太平さん(左)、椿原慎治さん(右)
▲タスクフォースメンバーとして活躍する林太平さん(左)、椿原慎治さん(右)
──具体的にプル型インセンティブとは、どのようなことでしょうか。
 先ほど、抗菌薬が使用されなかった部分については、国からの支援が受けられるというお話をしました。この支援の方法がプル型インセンティブの一つです。企業が適正使用を推進し新しい抗菌薬の開発に投資することを促進するために、国が収益の一定額を保証するというもので、企業活動の予見性を高めるための仕組みです。

 残念ながら、この取り組みは現時点では一部の国と地域に限られていることや、試行的な面があるので、予算面でも新しい抗菌薬を開発するための支援として十分であると一概には言えません。とはいえ、抗菌薬におけるプル型インセンティブはまだ始まったばかりであり、将来的には抗菌薬開発を促進する重要な仕組みになる可能性を秘めています。

 

──最後に渉外部として、これから目指していくことを教えてください。
 AMR問題への対応は多様なので、新規抗菌薬開発に投資できる環境づくり、複数企業による抗菌薬パイプラインの充実、抗菌薬創薬に携わる研究者の確保など、やるべきことは挙げきれないほどあります。
 これらの課題に対処するためには、創薬のみならず、製造、アクセス、適正使用など、すべての分野において、一歩ずつ確実に前進していくことです。そして、アドボカシーを強化して社会的認知を高めるなど、大きな枠組みから変革を遂げたいと考えています。
 「いつかできたらいいな」ではなく、「絶対にやってみせる」という強い想いで、SHIONOGIの感染症薬が日本だけでなく必要な国に届けられるように貢献していきたいです。
※本記事掲載の情報は、取材当時のものです。

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