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人を起点に、未来をともにつくる ― 塩野義製薬が採用で大切にしていること
※左からIT&デジタルソリューション部 万代さん、コーポレートガバナンス部(当時) 大屋さん
2025年11月、塩野義製薬は147年の歴史を刻んだ大阪市の道修町(どしょうまち)から、大阪梅田の「グラングリーン大阪」へと本社を移転し、「グローバル本社」として始動しました。そこには、4つに分散していた本社機能のオフィスを一つに統合し、社員の働き方、ひいては会社の文化そのものを変革する狙いがありました。
この本社移転プロジェクトの中心を担ったのが、当時コーポレートガバナンス部に所属していた大屋修平さんと、IT&デジタルソリューション部の万代邦生さんです。この挑戦は、決して順風満帆ではなかったといいます。そもそも、SHIONOGIグループが経験したことの無い本社移転であり、何から始め何をゴールにすれば良いのか見当が付かない雲をつかむような議論、正解のない問い、そして「自分たちでやるしかない」という覚悟—。2人の言葉から、塩野義製薬の変革の舞台裏が見えてきます。
――本社移転は非常に大きなプロジェクトです。背景には、どのような意図があったのでしょうか。
万代:我々が掲げる中期経営計画「STS2030」では、2030年に売上8,000億円を目指しています。本社移転プロジェクトが本格化したのは2024年で、その年度の売上は約4,400億円ですから、目標達成まで残り6年で、売上を倍増させる必要がありました。
正直、多くの従業員は「どうすれば達成できるのだろう」「達成には何か大きな変化が必要だ」と漠然とした不安や危機感を抱えていました。今回の移転は、それに対する「塩野義製薬は本気で変わるんだ」という会社から社内外への強いメッセージであり、変化の象徴的なイベントだったと捉えています。
大屋:加えて、建物の老朽化という物理的な理由、それに伴うBCP(事業継続計画)の観点、そして分散している4つの拠点を一つに集約したいという意図もありました。拠点間には物理的・心理的な距離があり、1日に何往復もしたり、行き違いや多忙にまぎれて意思決定が先延ばしになったりと、小さなストレスが積み重なっていました。コミュニケーションの非効率を何とかしたいという思いもありました。
――IT部門が拠点としていた淡路町オフィスと、道修町本社とではかなり文化が違ったとか。
万代:淡路町オフィスに勤務していたのはITとデータサイエンスの専門家集団でキャリア採用も多く、オフィスカジュアル的な服装が受け容れられているオフィスでした。一方、道修町本社は伝統的な製薬企業としての雰囲気があり、きっちりスーツを着ている人が多い印象でした。そのようなこともあって淡路町オフィスでは「本社に行くのは少し心理的ハードルが高い」という声もありました。もちろん服装は一例で、その奥には日々のコミュニケーションの取り方や会議での議論の進め方、意思決定までの距離感といった、目に見えにくい文化の違いがあったんです。そういった異なる文化を持つ社員たちが、一つのオフィスに集まることでどんな化学反応が起きるのか……。正直プロジェクトメンバーの誰もが想像がつかず、頭を悩ませたテーマの一つでした。
――実際にプロジェクトが始まって、いかがでしたか。
万代:実は、プロジェクトメンバーに選出された際、「淡路町オフィスの代表として引っ越しを手伝う」といった程度の認識だったのです。でも、いざ会議に出てみたら「移転プロジェクトで何を成すべきか」「塩野義製薬の変化すべき点は何か」と、ものすごく根本的な議論が始まっていて、「えらいところに来てしまった」と面食らいましたね。
大屋:プロジェクトメンバーは本当に熱量が高くて、「こんなオフィスにしたい」という強い想いをそれぞれが持っていました。その分、さまざまなアイデアや意見が次々と出てきて、それをどう整理し、形にしていくかは正直かなり大変でした。
さらに、それを実際の設計や工事に落とし込む段階では、工事業者との交渉や調整にも多くの時間を要しました。「このスケジュール感では難しい」、「正直間に合わない」と言われたことは、何度もありました。
モノを決めることも多かったですが、プロジェクトメンバーの中で共通して意識したことは「モノの引っ越し」ではなく「人の引っ越し」、つまり人の気持ちや働き方を変える「チェンジマネジメント」が本質的なミッションであるということです。しかし、どうすれば人が変わるのか、誰も正解を持っていません。本当に雲をつかむような議論の連続で、最初は大変でしたね。
――外部コンサルタントに任せる案もあったと聞きました。自分たちでやると決めたのですか。
万代:引っ越しの手順そのものは専門家の力も借りますが、「働き方や文化をどう変えるか」という部分は、自社の従業員にしかわからない領域だと考えたからです。外部の方には見えない我々の「当たり前」の中にこそ、変革の「ヒント」も「壁」も包含されているはずだ、と。結論がそこに至ったときに「これはもう、自分たちでやるしかない」と覚悟を決めました。
――内製で行うと決めた後、まず取り掛かったのはどんなことですか。
万代:プロジェクトメンバーで合宿をしました。そこで取り組んだのは、SHIONOGIグループの中計である「STS2030」のVision「新たなプラットフォームでヘルスケアの未来を創り出す」を支える「5つのValues」と、自分たちのリアルな働き方とのギャップを洗い出すことでした。
【SHIONOGIの5つのバリュー】
・コンプライアンスの徹底
・不屈の精神による貫徹
・社会への貢献と共存
・既成概念の打破による進化
・多様性の尊重
大屋:この合宿での対話を通じて、我々の課題が次々に言語化されていきました。その中の一つが、キャリア採用で入社した方や外部の会社の方から「塩野義製薬のオフィスは静かすぎる」、「業務に必要なことであっても話していいのか戸惑う」という声が上がるほどの、「静かすぎる」オフィス文化だったんです。
集中して業務をしたい人もいますし、静かであることは決して悪いことではありません。ただ、オフィス全体がそのような空気感で、本当に多様な働き方が実現されているだろうか、コミュニケーション上の非効率は無いだろうか、という問いが上がりました。
――「静かすぎるオフィス」は、どのような課題に繋がっていたのでしょうか。
大屋:製薬会社という特性上、情報管理への意識が高いこともあり、どんな内容の会話でも基本的には会議室で行う、という文化が根付いていたんです。セキュリティ意識の高さ自体は良いことですが、機密性の高くない日常の打ち合わせができるようなスペース自体も少なかったため、結果として会議室は常に予約でいっぱい。少し話したいだけなのに、「会議室が空いている2日後に会議設定しましょう」となってしまう。非効率な現象が日常的に起きていました。
万代:自席での会話もどこか遠慮がちでしたね。この静けさは、実は「既成概念の打破による進化」や「多様性の尊重」といった我々のバリューを阻害する、見えない壁になっていたのかもしれないと気づいたのです。
――その文化を変えるために、具体的にどんな手を打ったのですか。
大屋:本社移転は環境を変えることで、人の行動を変える絶好の機会でした。経営層とも議論を重ねたうえで、会議室の数をあえて従来より大きく減らすという決断をしました。
万代:その代わりに、社員がサッと集まって話せるオープンなミーティングスペースを各フロアに豊富に設けました。機密性の高い情報は会議室で、それ以外の議論はオープンな場で、という使い分けを促す設計です。ただ、これは大きな挑戦でした。移転前にトライアルができないので、「本当にこの設計でうまく機能するのか、やってみないとわからない」というのが正直なところで、新本社が稼働するまで不安がありました。
――移転後、その挑戦の結果はどのように現れていますか。
大屋:明確に変わったのは、物事が進むスピードです。4拠点が集約されたことによりこれまで遠かった他部門の方とすぐに対面でコミュニケーションができるようになり、仕事が速く進むようになったという声も実際に上がっています。また、以前は後ろ倒しになっていた議論が、今はオープンなスペースにサッと集まり、その場で方向性を決められます。そういった光景がいたる所で日常的に見られるようになりました。これまで会議室の予約から始まっていた仕事が、課題起点で動き出すようになったのです。自席の周りに人が集まって議論する光景も、今では当たり前になりました。
万代:社員一人ひとりが、話す内容に応じて「ここはオープンな場で」「これは会議室で」と、自然に場所を使い分ける意識が根付いてきたと感じます。
文化が違うと心配されていた淡路町オフィスのメンバーも、あっけないくらい自然に馴染みました。ITメンバーが他部署のエリアでミーティングしているのを見ると、「ああ、本当に一つの本社になったんだな」と感慨深いですね。服装に関しても、今では元道修町本社メンバーのほうがカジュアルな着こなしで出社することもあって、内心「おおっ!」と思っています。
――移転前に抱えていた不安は、実際どうでしたか。
万代:移転前に皆が心配していたことの多くは、いざやってみると案外大丈夫だと感じました。この「やってみたら、意外といける」という共通体験が、会社全体にとっての「これからも変わっていける」という自信につながったように思います。それが、今回の移転がもたらした成果の一つかもしれません。
――ここまでのお話を聞いて、移転がもたらしたものの大きさを感じます。最後に、これからの塩野義製薬を含めたSHIONOGIグループの将来をどう描いていますか。
大屋:今回の本社移転はSHIONOGIグループの歴史の中では象徴的なイベントではありますが、単に働く場所や働き方が変わった、というだけの話ではありません。中期経営計画や本格的なグローバル化など会社として目指していることを達成するため、そしてSHIONOGIグループが50年、100年とこれからも成長し続けるための一つのドライバーとなることで初めて移転の価値があると考えています。その意味では、移転はゴールではなく、あくまで変わり続けるための起点です。ただ、まだSHIONOGIグループ全従業員の4分の1ほどしか、この変化を直接体験していません。グローバル本社で生まれたポジティブな変化を全世界の従業員にも届けて、これからも変化のきっかけを大きく育てていかなくてはと思っています。
また、この移転が実現したのは、タイトなスケジュールの中で私たちのさまざまな要望に真摯に向き合い、時には難しいお願いにも応えてくださった外部のパートナーや関係者の皆さんの存在があってこそだと思っています。もちろん、SHIONOGIグループが経験したことの無い、何が起こるのか誰もが分からない不安な中で協力してくれたすべてのSHIONOGIグループメンバーのおかげでもあります。だからこそ、グローバル本社という環境を単なる「場所」に終わらせるのではなく、社員一人ひとりが自律的に働き方を選び、新しい挑戦を実現していく場にしていかなればなりません。
万代:このオフィスが目指すのは、社内だけでなく、社外とのコラボレーションを当たり前にしていくことです。海外のグループ会社や、このグラングリーン大阪に入居されている他社との交流も始まっています。そうした新しい出会いから、まだ誰も想像していないような新たな価値を生み出していく。新グローバル本社が、その出発点になるのだと信じています。