感染症から世界を守るために~異次元のスピード創薬を支えた、現場の使命感~

感染症から世界を守るために 異次元のスピード創薬を支えた、現場の使命感
シオノギテクノアドバンスリサーチ(STAR)は、創薬に必要な試験材料などのマテリアル提供や評価・分析などを一手に引き受ける塩野義製薬の研究パートナーです。今回お話を伺ったのは、創薬の最前線で薬理評価に従事するSTARの技術者、岡賀沙織さん。新型コロナウイルス感染症の治療薬開発では、防護服に身を包み、二重の手袋越しにかつてない異次元のスピードで数多くの正確なデータを追い求め、創薬を支えました。AIには真似できない現場の観察眼と、感染症の脅威から社会を守るという強い使命感が支える創薬の現場についてお伝えします。

13年間飽きることのない仕事の奥深さ

岡賀さん

―岡賀さんは今年で入社13年目。これまでのキャリアと、STARを選んだきっかけについて教えてください。

2014年に入社して以来、ウイルス感染症領域における薬理評価に従事しています。具体的には、実験に用いるウイルスの調製や、薬効評価系の構築などを担当し、これまでにインフルエンザウイルス、新型コロナウイルス、RSウイルス、呼吸感染症以外のウイルスなどを扱ってきました。塩野義製薬の研究本部が探索・選抜した新薬の候補(シード化合物)の効果を、誰よりも早く知ることができる面白い仕事で、まったく飽きることがありません。

 

大学時代は再生医療系の研究室で皮膚のターンオーバー(新陳代謝)について研究しました。当時から実験が大好きで、大学院への進学を考えていましたが、諸事情により断念せざるをえませんでした。そのため、就職活動の中では、学士卒でも専門的な研究職の採用枠がある企業を志望し、研究技術スタッフとして受け入れてくれたのがSTARでした。

 

―実際に企業の研究現場に入ってみて、大学との違いに驚かれたことはありますか?

実験のスケールの違いに圧倒されました。学生時代はマウスを10匹扱うだけでも大変だと感じていましたが、入社後に手がけた試験では、1回の試験で60匹から100匹に上ります。正確に仕事をこなせるかとても不安でしたが、トレーナーの先輩が手厚くサポートしてくれたので、着実に技術を身につけることができました。

 

加えて、データの質を保証するしくみが企業の研究現場では格段に高く、安心できます。ウイルスの希釈など、試験の根幹に関わる操作については必ず2名体制でチェック、特に重要な試験では第三者の追加チェックを行い、ミスが絶対に起きないよう、また、起きる前に気づけるようになっています。

岡賀さん

―新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬(エンシトレルビル)開発にも携わられました。未知のウイルスに立ち向かった当時の状況をお聞かせください。

 

2020年5月、患者さんから分離された株が国立感染症研究所から届き、これまで全く経験したことのないスピードで試験が進められました。STARが試験を受託開始したのは2021年2月からですが、自分の操作ミスなど、万が一の感染リスクについて理解・承諾する書類にもサインをして実験に臨んだことを覚えています。

 

防護服を着込み、手袋を二重に装着して、ウイルスが外部に出ないように設計された特殊な実験室(BSL3)で実験しました。電動ファン付きのマスクや宇宙服のように頭部を覆った専用カバーを着用して作業するため、息で視界が曇り、手袋の厚みで作業しづらい中で極限の集中力も求められ、始めの頃は1日が終わると本当にぐったりとしました。

 

―当時はまだCOVID-19の情報は少なく、感染で命を失う人もいらっしゃいました。そのような状況で、ウイルスを扱う怖さはなかったのでしょうか?

 

もちろん未知のウイルスを扱う緊張感はありましたが、それ以上に「私たちがやらなければ」という使命感が上回りました。加えて徹底した安全管理が敷かれていたため安心して業務に取り組むことができました。

 

実験に参加するメンバーは、罹患のリスクを最小限に抑えるため、重症化リスクの因子を持たない人に制限されました。さらに、手袋を外す順番に至るまで厳密に決められた実施訓練も含む安全教育を事前に受けてからでなければ、実験に参加することはできませんでした。

 

感染症に立ち向かってきた先輩方が積み上げた安全管理のノウハウがあったからこそ、過度な恐怖に振り回されることなく、目の前の実験に集中することができたのだと思います。次第に慣れ、他のウイルスを扱う時と同じ心持ちで試験に臨めるようになりました。

 

―新しい薬の誕生は通常10年以上かかるところ、エンシトレルビルは約1.5年という異次元のスピード開発だったと伺っています。

 

はい。普段ならA→B→Cと順に進めていた試験を、A・B・C同時に並行して進めることで時間を短縮し、驚異的なスピードで行われました。私たちが提出したデータは即座に社長のもとへ届けられ、その情報はプレスリリースとして世の中にも発信されました。手がけた仕事が社会に役立つとうれしさを感じる反面、もしデータに間違いがあれば信頼を失ってしまいます。とても大きな重圧を感じる日々でした。

 

そんな私の胸を打ったのは、従業員向けに書かれた「塩野義製薬はまだ誰も救っていない」という社長メッセージです。過酷なスケジュールが続き、疲労も蓄積していましたが、「薬を世に出すまでは、私たちは何も成し遂げていないのと同じだ」という言葉を受けて、改めて身が引き締まりました。

 

塩野義製薬の研究メンバーと協力し合い開発を進めていく中で、薬を服用するタイミングを探りました。エンシトレルビルはウイルスの増殖を抑える薬です。ウイルスが増えきった後の投薬では遅すぎる一方で、感染直後では自覚症状がほとんどなく、患者さんが服薬に至ることは現実的に考えられません。感染してからどれくらいまでに服用するのが効果的か、実際の治療現場に欠かせない投薬スケジュールを、実験データをもとに導き出したのです。
最終的に承認が下りたときは、これまでの苦労が報われたという実感が沸き、感慨深い思いでいっぱいになりました。

感染症の脅威から社会を守る誇り

岡賀さん

―異例のスピード開発は本当に大変だったと思います。一方で新たに得たものもあったのではないでしょうか?

 

試験に対する考える力(選別力)が養われました。以前は慣例で行われていた試験でも、「本当に必要か」「最短距離で進めるにはどうすればよいか」を常に考えるようになりました。
その結果の一つとして、現在は開発のかなり初期の段階から、当局に提出できるレベルで試験を進められています。例えば、試験手順書は申請レベルの試験と可能な限り同一のフォーマットで作成し,評価系についても将来の申請を想定して構築しています。
そのため、過去の試験で実績のある条件を参考に、申請に耐えうる試験系でデータを積み重ねることを意識しています。また、現在は試薬の調製や分注を自動で行う機械の導入も、創薬のスピードアップと正確性を後押ししています。

 

―お話に出たように、昨今は研究現場にも機械やAIの参入が進んでいますが、研究技術スタッフの重要性は変化していくのでしょうか。

 

機械は単純な反復作業には向いていますが、微妙な調整やレイアウトの変更など、イレギュラーな事象への対応はまだ人間にしかできません。例えば、ウイルスを感染させた細胞の形態変化を顕微鏡で見て、「効いているな」と薬効の確信を得る感覚は、長年の経験で培った観察眼を持つ技術者ならではのものです。

 

もちろんさらなるスピード化に向けて、AIによる画像診断などの新しい技術も試験導入されていますが、全ての作業をAIや機械に置き換えるのはまだまだ難しいでしょう。

 

一方で、シンプルな作業を機械に任せることで、人でなければできない業務を強化できます。塩野義製薬の研究本部からの依頼をそっくりそのまま受けるだけではなく、科学的根拠を持って精査し、より良い評価系(実験の種類・デザイン)を提案することもあります。こういった現場の知見が、創薬の精度を高めていると実感しています。

 

―STARの役割範囲は想像以上に広く、創薬に深く関与されていることが分かりました。最後に、岡賀さんが今、仕事を通じて感じている「やりがい」について教えてください。

 

例えば、RSウイルス治療薬の開発に携わっている今、乳幼児のお子さんを持つ同僚から「子供がRSウイルスに感染しても、水分を飲ませることしかできなくて不安だった」と聞くことがありました。身近な人が困っているという話を聞くと、この疾患に対し、自分の実験データが解決への鍵を握っていると強く感じるようになります。

 

未知のウイルスが現れて世界がパンデミックの危機に直面したとき、いち早く社会の役に立てる存在になれることは、大きなやりがいになります。これまでに実験現場で培ってきた経験と、先輩方から受け継いできた技術力を融合させ、これからも創薬の最前線で社会に貢献し続けていきたいと考えています。

岡賀さん

■ 学歴
理工学部 生命科学科卒業
医学・再生医療系の研究室にて皮膚疾患やターンオーバーに関する研究に従事

■ シオノギテクノアドバンスリサーチでのキャリアパス
2014年:新卒入社

初期キャリア:抗インフルエンザ治療薬(バロキサビル マルボキシル)の開発において、動物実験やウイルス調製に従事。また、RSウイルスを用いた動物評価モデルの構築や、細胞を用いた薬理評価を担当。

2021年〜:新型コロナウイルス感染症治療薬(エンシトレルビル)の迅速な開発に向けて、動物実験を担当

現在(2026年時点):RSウイルス治療薬(S-337395)や呼吸感染症以外のウイルスの薬理評価に従事
中堅技術者として、塩野義製薬の研究メンバーとの調整や、後輩・派遣社員の育成も担う

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