「救われる命があることに救われる」シビアな抗菌薬製造の現場を支える無菌操作オペレーター

現場が紡ぐ、抗菌薬製造への決意

――お仕事の内容を教えてください。
主に医薬品の製剤業務で、中でも重点的に携わっているのは、無菌操作による製剤製造です。塩野義製薬が創製した、新しいタイプの抗菌薬「セフィデロコル」注射剤などの製造工程を担当しています。
薬剤耐性菌の出現により、抗菌薬の効果が低下し、治療が困難になる「AMR(薬剤耐性)問題」は、今後数十年でさらに深刻化すると言われています。将来的には死亡要因の第1位となり、がん患者の死亡数を上回るとも予測されています。※1、2
日本はまだ諸外国と比べると深刻化していないと言われていますが、ヨーロッパや日本以外のアジアなどではすでに問題となっている地域もあります。そういった状況の中で、セフィデロコルのような薬を開発・製造し続けることは、非常に重要な社会的意義があると考えています。どんな困難な状況でも抗菌薬を安定供給し、高品質な医薬品製造ができる次世代の工場を目指し「世界の課題」に挑み続けます。
※1:Antimicrobial Resistance: Tackling a crisis for health and wealth of nations. UK, December 2014
※2:Tackling Drug-resistant Infections Globally: Final Report and Recommendations. UK, May 2016
無菌状態を保つためにあらゆる手段を講じる

――抗菌薬製造には特有の難しさがあると聞きました。
無菌注射製剤の難しさは、化学品質と無菌品質の両方を高く維持していかなければならない点にあります。薬液調製から充填、凍結乾燥、密封と進む工程の中で、常に温度・湿度・工程の時間を厳密にコントロールし、有効成分が分解してしまわないよう制御していく必要があります。
さらに難しいのは、最大の汚染源が「人間」、つまりオペレーター自身であることです。どんなに注意していても、人は呼吸や会話によって飛沫を飛散させ、動作によって気流を乱してしまうので周囲の環境に影響を与えます。そんな中、目に見えない微生物や微粒子が製品に混入しないよう、慎重に無菌操作を行わなければなりません。
そしてもう一点、耐性菌が生まれてしまう可能性をなくすため、工場の外に抗菌薬が排出されないよう細心の注意を払っています。クリーンルームの出入口で室内の圧力差を調節するエアロック機構やバリア機構の設置、排水の失活設備といったハード面での対策に加え、設備や部屋の清掃・洗浄、作業後の手洗い、文書の持ち出し禁止など、数え切れないほどの対策を講じ、非常に厳格なルールの下で作業しています。
――国産の抗菌薬を作ることの意義もかみしめているとか。
2019年、海外製の原薬の供給が滞ったことで、日本国内で抗菌薬不足が起こり、手術ができないなど、医療現場は深刻な影響を受けました。国防の観点からも、抗菌薬は国産で安定供給することが重要と考えています。塩野義製薬では、供給が途絶えないよう様々な対策を講じています。
人為的ミスを防ぐための手順や方法を日々改善することはもちろん、設備の増設も進めています。最近では「凍結乾燥機」を増設して、生産能力を向上させました。1度に多く作れるような処方改良も進めています。また、人の介入を最小限にするため、これまで人間が行っていた工程をロボットが行う設備を導入するなど、DXやAIを利用した省人化と同時に、汚染リスクの低減にも取り組んでいます。
――技術と責任を後輩たちへどう伝えますか。
混入してはならない菌は、人の目では見えません。そのため無菌操作に関する様々なスキルを身につけ、基準を守って作業できるようになるまでには年単位の育成期間が必要です。膨大な量の手順や知識を理解し、実践する必要があるのです。
私は、自分が失敗した経験を次の人が繰り返さないよう、丁寧に具体的に伝えることを大切にしています。また、問題が見つかった際には、全員が同じように正確な作業ができるよう、すぐに手順書の見直しや分かりやすい表示の設置などの対策を行います。無菌製剤の技術を伝えるのは非常に難しいのですが、こうした改善を通じて、共通認識を持って作業に当たれるよう工夫しています。
日本で、世界で。誰かを救っていることに救われる

――モチベーションや達成感を感じる瞬間はどのような時ですか。
常に上昇志向を持ち、変化に対してチャレンジする姿勢を大切にしています。また、「世界中の抗菌薬を必要とする患者さまや医療従事者に届けるためには何が必要か」という考えを念頭に、日々の業務に取り組んでいます。
薬剤耐性菌の対策は難しくなる一方です。抗菌薬を製造する会社が世界中で減ってきている現状の中、弊社のMR(医薬情報担当者)から実際に医療現場で抗菌薬が使用された事例を聞く機会がありました。
普段従事している製造の現場では、私たちが製造している医薬品がどのように患者さんに役立てて頂いているか、なかなか実感することができません。しかし、MRさんから事例を聞いて、「私たちの仕事がこんなにも医療の現場でお役に立っているのか」と目頭が熱くなりました。「諦めかけた命をつなぎとめることができた」ということ、患者さまとご家族、そして医療現場で戦っている医療従事者の人生を明るいものにできた。これこそが、私が抗菌薬を作り続ける原動力になっています。
――今後の目標や挑戦したいことはありますか。
まだ習得していない技術や知識があるので、さらにスキルを高めていきたいと思っています。また、技術者が不足している現状をふまえ、人材育成や技術継承にも力を入れていきたいです。同時に、一緒に働く従業員の負担を減らすための業務改善にも注力していきたいですね。従業員も患者さまも医療従事者も、皆がより良い日々を送ることが、私が大切にしたい価値観です。
そしてなにより、高品質の製品を患者さまや医療従事者に安定的に届け続けることが最大の目標です。様々な課題がありますが、最も良い抗菌薬を提供し続けるために、安定供給体制を強化していきたいと考えています。チーム一丸となって、これからのチャレンジを乗り越えていきたいと思います。
